グリモワール―――フランス語では一般的に、魔導書を表す言葉。
そんな、厨二心を擽られる書物に出会った俺は、未だかつてない焦燥感に駆り立てられていた。
部屋の中を漁れば、真偽が不確かな魔術の書や、怪しげな液体の入った小瓶や、髑髏をあしらった水晶などが山程出てくる俺という人間は、もちろん本物の魔導書というものに憧れを持っていたし、それがどんなに危険な道程になろうとも、いつか手に入れたいとさえ思っていた。
そんな俺がだ。どうして件の、憧れの人―――ならぬ、憧れの本に出会って、一体何故焦燥感を覚えるのだと、疑問に思う方は大勢いると思われる・・・、無理もない、先刻まで、魔導書をものにしたいとまで思っていた男がである。
しかしだ。
もしも、読者諸君の中に、魔導書や、その類のものに、少なからず憧れを持っている方がいたとしよう―――それを前提に、もし君たちにきょうだいがいると仮定して、そんな、姉ないし兄ないし妹ないし弟ないしetc・・・が、怪しげな言語で構成されている書籍を持っていたとしたら、一体どんな感慨になるだろうか?
因みに、俺はこう思った。
これはまずい、と。
・・・まあ、この際真偽のほどは置いておくとしよう。
これが仮に本物だとしても、偽物だとしても、俺の状況がまずいことに変わりはないのだから。
おそらく、きっと、いいや確実に、俺は殺される。
仮に。
君たちにきょうだいがいたとして、そのきょうだいにえらく甘やかされ溺愛されていたとしたら話は別だ。全く心配する必要性はない。今日の夜はなんの不安に取り憑かれることもなく、なんならぐっすりと眠って、疲れを癒すこと違いない。
しかし、だ。
俺のきょうだいは、一つ上の姉で、しかも俺は溺愛されてなんていないし、なんなら邪険に扱われていると言ってもいい。
この文だけを見れば、姉のいる読者諸君には薄々察してもらえるだろう―――察してほしい。
姉がガチの魔導書を扱うような、凡庸という言葉には欠片も当てはまらないような、所謂特別な人間だとしてみる。
その場合、俺はおそらく、口封じやらなんやらで殺される。理由がなくても多分殺される。
何故なら相手は、世にも恐ろしい魔術を駆使するのだから―――!
しかし、この想像が俺の杞憂だった場合でも、残念ながら、そうやすやすと息をつくことは出来ない―――姉と弟というものは、いつの時代場所限らず、姉の方に権力が集中するものなのだ。
そこから導き出される答え―――もし姉が、俺と同類なのだとしたら、俺はやっぱり殺されるに違いない。この場合だと、姉は俺の死体処理に面倒を被ることになるが、しかしその程度の苦労は、俺を抹殺することに比べれば容易いことであろう。
ていうか、俺が姉の立場だとしたら、自分の趣味なんて見られたら、窓から羽ばたきたくなるもんね。姉の場合、それが実の弟を殺すという行動に置き換わるだけ。
そう、それだけの話。
いやどんな話だよ。
というわけなので、うん・・・まあ。
殺されるのは真っ平ごめんなので、俺はさっさとトンズラこくことにするぜ!
元々、俺は姉の本を勝手に借りようと目論んで、姉の部屋に忍び込んだので、例の本を見つけようが見つけたいが、重症を負うことは必然的だからな!
それじゃあ読者御仁、アデュー!
―――ガチャ
6/16/2024, 9:29:47 AM