にえ

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お題『夏』

 馬小屋前の菜園の一角に主様専用の畑があり、そこでは主様の食卓に並ぶ野菜を育てている。しかも主様ご自身の手で野菜を栽培していただいており、執事は必要最小限のお手伝いしかしないことになっている。主様に自然を学んでいただくのが目的だ。
 どうしてこのようなことになったのかというと、話は3年前の夏まで遡る。

「主様、どうしたんっすか?」
 主様が庭に出たいとおっしゃるのでご一緒に外へ出たところ、庭師の執事・アモンが花に水遣りをしていた。とある蔓草の前にしゃがみ込んでじっとしていた主様は、うーん? と首を傾げていらっしゃった。
「主様はもしかして、このアサガオに興味をお待ちっすか?」
 こくんと頷くと俺とアモンを見上げて、
「きのうよりもせがのびてるきがする」
とおっしゃった。
「へへっ、主様。もしよかったら毎朝この子の成長を見にきませんか?」
「みにきていいの、アモン?」
「もちろんっすよ。ここの花は全部、主様に見ていただくために育てていますからね」
 そしてその翌日から、スケッチブックを持って庭にしゃがみ込む主様を日傘でガードするのが俺の日課になった。

 アサガオの観察日記をつけているうちに、他の植物にも興味を持たれるようになった主様だった。
 どのような植物が気になりますかと伺った結果、翌年はひまわりを、さらにその翌年はトマトを育てることになり……。
 そして今年は、主様の畑にはトウモロコシが植わっている。
「フェネス、フェネス!」
「はい。何でしょうか、主様」
 スケッチブックから顔を上げると主様は眩いばかりの笑顔でこうおっしゃった。
「とうもろこしって二期作ができるって、この前本で読んだの。私もやってみたい!」
 もしかしたら主様には農業にも才能がおありなのかもしれない。
「はい、分かりました。あとで二期作に関する本をお持ちしますね」

 主様、十歳の夏はまだ始まったばかりだ。俺は俺にしかできない方法でお手伝いしていこうと心に誓うのだった。

6/28/2023, 12:59:57 PM