せつか

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執務室の椅子に背を預け、両手を組んで眠っている。
そんな姿はついぞ見た事が無く、その珍しい姿に思わず名を呼ぶ声を飲み込んだ。

閉じた瞼。僅かに寄せられた眉。
唇の端は歪につり上がり、常に余裕が感じられる。表情の癖とでも言えばいいのだろうか、そこまでは良く見る顔だ。だが、そこには男が初めて見る〝あるもの〟があった。
「·····」
軽く上を向いたその頬に、微かに残る涙の跡――。

泣いたのか、お前が。
問い質したい声を再び飲み込んで、眠る姿を見下ろす。

共に歩いた同志が背を向けた時も。
恩師をその手にかけた時も。
涙を見せることのなかったお前が。
涙の跡を隠すことすら思い付かなかったのか。
お前ほどの男が。

「·····」
立場が変わり、関係性が変わり、環境が変わった。
その間に自分の知らない関係を築いた者もいるのだろう。それは当たり前の事で、誰にでもある事で。
「·····」
それは自惚れだったのか。
いつかは自分に何もかもを打ち明けてくれるだろう、とか。例え打ち明けてくれなかったとしても、それは〝その程度のこと〟なのだ、とか。
勝手にそう思い込んでいただけなのか。

涙の跡の、その理由を。

知りたい。
知りたくない。
相反する思いを抱え、執務室を後にした。


END


「涙の跡」

7/26/2025, 3:14:17 PM