「凄い雨になっちゃったね」
「なんだ。迎えはいいと言っただろう」
「うん。でも風邪ひいたら大変だし」
「·····それもそうだな」
バラバラと石礫が撒き散らされたような音が傘を打つ。靴もスラックスもずぶ濡れで、上着にも水が跳ねていたせいで重くなっていた。
「夕飯なんか買って帰る?」
「あまり食欲は無いな」
「そっか。疲れてるもんね。じゃあ軽く摘めるものだけ買って·····」
傘を打つ激しい雨音以外は、何も聞こえない。
そのぶん傘の中で聞こえる互いの声が、余計に鮮明に響いている気がする。
「寂しかったか?」
不意にそんな言葉が出て、足を止めた。
ほんの数日仕事で離れただけだった。年に数回ある事で、そういう暮らしをもう何年も続けてきた。
慣れたことだった。
――けれど。
熱っぽく潤んだ目が見つめている。
「すごく」
短い声が傘の中で低く柔らかく響いている。
傘を持つ背が少し屈んで、熱を湛えた淡い色をした瞳が触れそうなほど近くにある。
「――私もだ」
近付いた耳にそっと囁く。
バラバラと傘に雨粒が打ち付ける。
唇は重なったのだろうか?
それは二人にしか分からない、傘の中の秘密。
END
「傘の中の秘密」
6/2/2025, 1:47:54 PM