「流れ星に願い事をするなら何を願いますか?」
普段はささくれた性格に思える彼女が急にそう僕に尋ねた。
新社会人になり、挨拶程度しか交わしていなかった僕らは新入社員歓迎会という名のくだらない飲み会に半ば強引に参加させられた。行きたいわけなどあるはずもないが断ることの方が後々面倒だと思ったのだ。
つまらない飲み会のつまらない上司のつまらない話に作り笑いをして心のどこかが削られていく感覚をアルコールで鈍らせながら何とか二時間乗り切り、店を出て夜風で顔を覚ましているとふと彼女と目が合った。僕はすぐに目を逸らした。
二次会の誘いを上手くすり抜け、ほろ酔いの頭で駅へと向かっていると「ねえ」と声をかけられた。振り向くと横には頬を少し赤らめた彼女が僕の瞳をまっすぐ捉えていた。「もう一杯どう?」と彼女は言った。
コンビニで僕はロング缶のハイボール、彼女は梅サワーを選んで買った。会計をしようとしたら彼女はいいから、と拒んだが僕はいや、払うよ。と言うと彼女は「うるさい、いいったらいいの」としかめ面をしたので僕は代わりになりはしないがお酒とつまみの入ったレジ袋を持って近くの公園まで歩いた。
僕らがそこで何を話したのか、翌朝の僕はよく覚えていなかった。とにかく長い時間を彼女と話した。声が出るほど笑ったりしたわけではなかったが、不思議と彼女との会話はまるで春の風みたいに心地よく流れ、酒が進んだ。唯一覚えている会話はこれだけだ。
「流れ星に願い事をするなら何を願いますか?」
まるで酒など一滴も飲んでいないかのような白百合みたいな顔色で僕にそう尋ねた。街路灯が夜の中にいる彼女の顔をさらに綺麗に照らしていた。まだ新しい黒いスーツと細い首筋との明暗は夜空に浮かぶ三日月を思わせた。
僕はそこできっと適当な返事をした。すると彼女は「流れ星って数ミリの塵らしいですよ」と言った。
「そうなんだ、知らなかった」と僕が言うと彼女は、「私はね、もし流れ星が願いを叶えてくれるならね、」そう前置いてこう言った。
「もっと、もっと大きくて綺麗な流れ星が見たい。まるで月がそのまま降ってくるような、そして私のところへ落ちてきて、私もろとも辺りを全部粉々にしてほしいです」と言った。
それからのことは忘れてしまった。
翌朝、若干二日酔いを感じながら出社すると彼女の姿はなかった。そして二度と彼女と会うことはなかった。
時が経ち、僕はたまに彼女と話をした公園で夜空を見上げる。都会の空は濁っていて、星など見えやしない。
それでも、僕は願ってしまう。月のような彼女が流れ星になってまた僕の元へ降ってきてはくれないかと。そして、彼女があの日の願いが僕の願いになる。
僕もろとも粉々にしてはくれないかと。
彼女の願いがあの日よりも少し理解できる気がする。
4/26/2024, 3:18:59 PM