「えーと、なんだっけ。みかん?」
「違います!」
「じゃあ、ぽんかん」
「じゃないです」
じゃあ、と先輩が続けようとしたので、「もういいです!」と私は遮った。
この先輩、初めて会った時から私の名前をわざと間違える。何故か柑橘系に詳しくて、私の方が逆に色んな柑橘系の名前を教えられているという、不思議な関係が2年と少し続いている。
「もう少し覚えやすけりゃなあ」
「わざとでしょう、先輩。でも、今日は違いますからね!」
私は、黄色の小さいボトルに入った液を1回、手首に吹きかけた。ふわり、ゆずの香りがする。
「なんの匂い?」
「ふふん、柚子ですよ。私と同じ名前。もう覚えにくいなんて言わせませんからね!」
得意げにふんぞり返る。
すると、先輩は私の手首を掴んで引き寄せた。すん、と先輩の鼻が鳴る。
「ゆず。覚えた。ゆずね」
あんなに呼んでほしかったはずなのに、「ゆず」と繰り返して笑う先輩を突き飛ばしたくなった。
12/22/2023, 2:35:39 PM