《目が覚めるまでに》
僕は、夢を見ていた。
どこまでも暗い闇の中、僕は当て所もなく彷徨っていた。
ここは暗い。何も見えない。寒い。苦しい。誰もいない。
寂しい。ただひたすら、寂しい。
どうしようもない孤独感に苛まれながらせめて明かりはないものかと歩き続けていると、周囲は徐々に赤い光に包まれ、同時に燃えるように暑くなっていった。
もはや熱いと言っても過言ではない中、それでも歩を進めていると、遠くに彼女が現れた。
僕は彼女に出会えた喜びから、一目散に彼女に駆け寄った。
彼女の白に近い銀の髪が周囲の光に照らされて、赤く輝いている。
腫れて赤くなっている目元。ずっと泣いていたのだろう。
僕が、泣かせてしまった。
想いはどうあれ、勢いに任せてしまった言葉で。
それなのに僕と目が合った彼女は、気丈にもふわりと微笑み、小さな白い手で僕の頬にそっと触れてくれた。
その掌は微かにひんやりとして、空気の熱さを和らげてくれるような優しさで。
微笑みは、陽炎のように儚げで。
怖くなった。
このまま、貴女が消えてしまうのではないかと。いなくなってしまうのではないかと。
僕は咄嗟に、頬に触れている彼女の手に自分の手を重ねるように置き、そっと力を込めた。
そして、泣き腫らした目を見つめて懇願した。
「行かないで…。お願いだから、僕を置いて行かないで。僕の傍にいて…」
分かっている。これは、僕の我儘だ。
貴女が闇に魅入られし者だと疑いを掛けたのは、僕なのに。
その監視の為に隣にいる事を強制し、今もそれを解かずにいる。
嫌われて当然だ。疎まれて当たり前だ。
なのに、貴女はいつも隣で笑ってくれていた。心の底から嬉しそうに。
そして時には突拍子も無い行動で僕を驚かせ、笑顔にさせてくれた。
気が付けば、離れたくないと駄々を捏ねている子供のような行動だ。
それでも貴女に離れてほしくないと、その優しさに縋った。
すると、透き通るような明瞭な声が僕の耳に届いた。
「離れたりしません。傍にいます。ずっと。」
全てを包み込むような、柔らかい笑顔。
そこに嘘は無いと確信出来る、真っ直ぐな眼差し。
ああ。この人は、本心から言ってくれている。
喜びが心に染み渡り、全身を巡るようだ。
それは、澄み切った清らかな水が喉を通ったかと錯覚させる程に。
僕は心を支配していた不安から解放され、彼女の心に包まれた安堵感の中で幸せに微笑んだ。
熱かった空気も清められたかのように程良く冷めていき、辺りは赤から柔らかなランプの光へと色を変えた。
ぼんやりと未だ覚醒せぬ意識の中、頬に触れている小さな手の感触に思う。
僕を守ってくれて、ありがとう。
目が覚めるまでに、貴女を守れるように必ず心を構えておきますから。
8/4/2024, 1:23:20 AM