かたいなか

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「そういや最近、ルール作家、あんまり見かけなくなった気がするんだが。ほらアレ。エセマナー講師」
今頃どうしてんだろうな。それとも見かけなくなったの、気のせいだったりすんのかな。某所在住物書きはニュースをぼーっと観ながら、ランチを食う。
「自作のルールで誰かを殴るとか、殴ルーラーでもあるまいし、某ソシャゲの中だけにしとけよとは思う。……まぁ個人的な意見と感想だけどさ」
ところでルールとマナーって云々、モラルとの違いは云々。物書きは味噌汁をすすり、ため息をついて……

――――――

私の職場で、「新人研修」という名の参加拒否可能な1ヶ月旅行が、今年も始まった。
毎年日本国内の、どこか少し安めのお宿に団体・長期間予約をかけて、格安でその土地のグルメ・アクティビティ・申し訳程度の風土伝統に触れる。
ビジネスマナーや接客態度、座学等々のレクチャーはオマケだ。誰も覚えてない。
今年の行き先は雪国。ギリギリ残ってる桜と壮大な花吹雪を楽しむ予定らしい。

参加したくない場合は、職場のグルチャなりDMなり、匿名希望なら総務課の誰かに、回答期限までに「参加しません」って伝えるのがルール。
約1名、加元っていう「新人」が、「お知らせなんて見てません」ってゴネて、結局参加したらしい。
キャンセル料は自腹。それもルール。
お知らせは先月から流してるんだから、自業自得だ。

なお、1週間だけウチの支店に体験勤務してる新卒ちゃんは、団体行動が酷く苦手らしくて、不参加。
研修で座学とかレクチャーとかを受けない代わりに、1ヶ月、ログインミッションみたいな宿題をなるべく毎日こなすことになる。
同じ部署の2人以上と何か話をするとか。
同じ部署の誰かの仕事をひとつ見学するとか。
あるいは、何かひとつ、仕事を教えてもらうとか。

新卒ちゃんは真面目に自分でノートなんか作って、
通称「教授」、ウチの支店の支店長に、
最初に話かけたのがマズかった。

「つまり!『世の理不尽に対する説明』!
これが、私が今まで説明してきた物語の核なのだ!」
昔民俗学の「教授」をしてたらしい支店長。
「何故、私達の生きる世界はこうも苦しいことばかりなのか。何故私達は他者から傷つけられ続けなければならないのか――これは、心弱き、立場弱き、社会的弱者へ向けた、『諦め』という名の処方箋なのだ!」
どこからともなくホワイトボードをガラガラガラ。
マーカー3色をフルに使って、今回の研修場所で昔々、仏教や神道がやってくる前に信仰されてた形跡があるっていうハナシを、
バチクソ、これでもかってくらい、熱弁してる。
「要するに、若者よ、『しゃーない』の心を持て!」

は……、はぁ……。
新卒ちゃんは目が完全に点々。板書の手も止まって、ただただ教授の「講義」に対して、口をポッカリ開けたまま、息だけが漏れてる。
まぁそうなるよね(賛同)
そうなるよね(同情)

「付烏月さん、ツウキさん」
新卒ちゃん同様おくちポッカリの付烏月さんの、肩を叩いて救援要請を出したけど、
「俺附子山だよ、後輩ちゃん」
付烏月さんはやっぱり、おくちポッカリのままで、
「あの熱量をさ、俺、止められるかなぁ……」
戦う前から、敗北宣言なんかしちゃってる始末。

新卒ちゃんが、バチクソな困り顔でこっちを見た。
『新人研修に参加しないひとは、1日2人以上、同じ部署のひとと話をする』。
それがルール。宿題。1ヶ月のログインミッション。
新卒ちゃんは、それを真面目にやろうとしただけ。
相手を間違えちゃったのだ。

「付烏月さん、今日、いつもの自家製お菓子は」
「ブシヤマだよん。一応、研修旅行の行き先の伝統お菓子モドキ、作ってきたよ」
「早めにおやつタイムにする?ツウキさん」
「まだ仕事始まって1時間だよ後輩ちゃん」

「それじゃ、お得意の脳科学講義やって。手短に」
「今そんなことしたら、俺、支店長に民俗学的にバチクソ抗議されちゃうよ。恨まれちゃうよ」

「どーする?」
「『しゃーない』」

ゴメンね。私達も助けられない。
すがるような目の新卒ちゃんに、申し訳ない視線で返事をすると、「ですよね」みたいな頷きを数回して新卒ちゃんはホワイトボードに向き直った。
ご愁傷さまとは思う。
でも世の理不尽を知るのは大切だと思う。
あとでこっそり、私と付烏月さんと新卒ちゃんでお菓子を食べたけど、新卒ちゃんの感想としては、
「多分大事なこと、だったんだろうけど、私じゃ理解が難し過ぎた」だった。

4/25/2024, 3:02:38 AM