詠み人知らずさん

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「早く死ねますように」ある一人のピアニストはそう書いた。
「あっ、えっちょっと、これ書いたの貴方?」
「ええ、そうですが」
男は、めんどくさそうに答える
「死にたいだなんて、、、これから先きっといいことがあるわよ」
女はあたふたしながらそう答えた
「貴方にとっての幸せと私にとっての幸せは違う。今の幸せは、ただ死を待つのみだ」
男は女を無視して去っていこうとした
「あっ、待っください。せめてサインは下さいよ、先生」
男はその言葉に嘲笑した
「まだ、そう呼ぶやつがいるのか。いいかい僕のあだ名は天才を殺した男だ。嫉妬と執着で汚れた男さ」男は悲しそうにそっぽを向いた
「彼には、すまないと思っている。これもそれも全ては神の仕業なのだ。そう僕は考えるようにしている。神は私に才能を恵んでくださらなかった。」
「そうかしら?」
女は明るげに言った
「私は、先生の曲が大好きだけど? 例え、彼が神や人々を轟かすような演奏をしたって、私の思いはそう変わらないはずよ」女はにこりと笑った
「それはないね。今までだってそう全て失った。地位も名誉もそして友人も!!。皆かれの 才能に魅了されていったんだ!!」
「今でも、聞こえるんだ。私の耳にあの神秘的な旋律が、、、。弾むようなテンポに軽快で優雅な曲想が、、忘れようとも忘れられない。もう脳裏に焼き付いているんだ」
「その時僕は知ったんだ。あいつには敵わない。そしていつの間にか,彼の失敗を望み、そしていつかは彼の死を祈った、、、」
男は花束をギュット握りしめた
「なのに、、、」
「なのに、?」女はそっと男を覗いた
そこからは、数的涙が零れ落ちていた
濁りのない、ただたに透き通る水滴がホロホロと
「彼が死んだら、私は自由になれると思った。なのに、結局は彼の死を惜しんでいたのだ。
自分でも驚いたよ。あんな憎んでいた奴の為だけに涙を落とすなんて。薄々気づいてはいたんだがね」男は、そっと微笑んだ
「彼はそんな私を許してくれるだろうか?」
女はそっと微笑んだ
「そうね、、それは私にはわからないわ
貴女が思うままにすればいいじゃない?
許して貰えるまで、、、」
男は、そっと涙を拭いた。
「あぁ、サインと言っていたな」
「やっと、思い出してくれましたのね」
女はクスリと笑った
男が書いたサインにはS.Mと書かれていた
「ところで、貴方はどちら様かね」
男は、咳払いをして訪ねた
「では、この紙に印しておきましょう。
その時までお読みになさらずに」
女は、筆を持つと長らく書いた
「では偉大なる先生、さようなら」
女は男に手を振った
「友だちを待たせているので」
「友だちか、、、」
男は懐かしそうにそう発した


「ちょっと、遅いんだけど何分待たせるき?」
「、、、って、ちょっとあの人って、、、大丈夫なの?」
「えぇ、私の慕っている先生なの。私の兄もきっと、、ね、、、?」

桜が舞い落ちて、葉桜が芽生えてきた頃
偉大なる音楽家は亡くなった
最後にあの曲を残して、67歳で生涯を遂た。
手に持っていたのは、たった一つの手紙だけ

その曲は、後世でも受け継がれ
彼の代表作にもなったという


7/7/2024, 7:41:52 PM