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「夢が覚める前にさ、
もう一度私のことを呼んでくれなかな」



我ながら意味不明なことを言ってしまった
口に出してから後悔する

そんな私の気持ちとは反対に
望んだはずの答えが私の鼓膜を震わした
そこでまた後悔

聞かなければよかった
花びらのように可憐な彼女の声の後に残った
この絶望的な沈黙は
永遠に私の耳の奥に残ることだろう

「ねえ、名前を呼んだんだから、返事を頂戴よ」

そこまで聞いて耳を塞ぎたくなった
またあの沈黙
私は今日からこの沈黙と2人きりになるのだ

嫌だ、
終わる
終わってしまう
これが最後だ、
一抹の春の夢がもう醒める
終わりまであと一言、
一歩踏み出して崖から落ちる

返事をしようと顔を上げて、更なる後悔

春の陽光に照らされて、
水晶の様な瞳が私を真っ直ぐに射抜いていた

今日は後悔ばかりだ
1つの生が終わる時、
人はみな後悔に溺れるのかもしれない
後悔に侵されて窒息するのかもしれない


彼女は私の恋人だ
それは春の夢のように美しく儚く
今日をもって消滅を迎える現実である

彼女は性別の壁を越えてわたしを愛してくれた
それなのに、私はその壁を越えられなかった
どこまでいっても私は自分の性に絶望し、
生まれ変わることを願い続けた
愛情と絶望は相容れない
正反対の感情が上手くいくのは
フィクションの中でだけだ


私が返事をすると彼女は返事をしなかった
その代わりに少しだけ口元を緩ませて
私から静かに目を逸らした
これで終わりだ
彼女の目はいつだって口ほどにものを言ってくれる



私はひたすらにその後ろ姿を見つめていた
瞬きをも忘れていると、涙が出て世界が霞んでくる
このまま目が見えなくなってしまえばいい
強い意志で目を見開いていたのに
ついには無意識に目を瞑ってしまっていた
本能は意志には逆らえない
性別と一緒だ

私は暗闇の中で、
彼女と過ごした数年間を反芻した

もう二度と訪れぬ春の夢の後には何も残らない
次目を開けた時、
この世界はどんな風になっているのだろう
こんなに恐ろしく、
長い瞬きをするのは生まれて初めてのことだった

3/21/2023, 8:13:22 AM