ハイル

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【ススキ】

 土壁に覆われた私室は暗がりに包まれている。藁を適当に敷き詰めただけの簡素なベッドでは熟眠することができず、私は天井をぼうっと見つめていた。
 半独房とも取れる私室は、アジト(私を捕まえた自称人狩りのキジ男はそう呼んでいる)の奥まった場所に位置している。間取りは独房そのもので、簡素な藁のベッドと便所がある程度、吊るされた裸電球はゆらゆらと所在なさげだ。
 ただし、アジトの中であれば移動は自由だった。そこが半独房と私が呼ぶ由来である。捕らえたいのか、自由にさせたいのか、キジ男の魂胆は読めないが、私は眠れないとよくアジトの中を探検した。
 私は暗がりの中、壁伝いに土の廊下を歩く。数部屋先に明かりが点いているのが見える。あれはキジ男の部屋だ。
 部屋を覗き込むと、キジ頭に麻のシャツを着たキジ男が、テーブルに向かって何かをしていた。私は物音を立てないように細心の注意を払い、忍び足で彼の背後へ近づく。

「おじさん、なにしてるの?」
「うわっ! が、ガキかよ、驚かすな!」
「だって眠れないんだもん」
「眠れないだ? 目つむって羊でも数えとけ」
「あの部屋寒いし、ベッドはあんなだし、それに──」
「わかったわかった、囚われの身にしては文句が多いな。金が入ったら替えてやるから、今は我慢してくれ」
「それで、なにしてたの?」

 私はキジ男の影に隠れた、テーブルの上のものに目を移す。
 そこには数十枚のカードが規則正しく並べられていた。四枚の似たような柄のカードが計一二セット、四八枚はあるだろうか。それぞれに花らしき模様があり、サクラやモミジ、あれは……バラ、だろうか。他にも私が見たことがないものも描かれていた。

「これは花札っていうんだ。お前を拾ってきたところ──ニホンで、ニンゲンのお宅から拝借したもんだ」
「ふぅん。これはバラ?」
「惜しい。牡丹っていうんだ。綺麗だろ」

 バラではなくボタンという花らしい。絵の中では周りに蝶が飛び交っており、さぞ魅惑的な香りがするのだろう。

「これはおじさん?」

 私は別のカードを指しながらキジ男に問う。

「全く違う。桐に鳳凰。これは俺じゃなくて鳳凰っていう伝説の鳥だ。一緒にするとバチが当たるぞ」

 キリと呼ばれた小さな花を、頭上からキジ男のような鳥が翼をはためかせて見下ろしている。彼はバチが当たると言うが、私には違いなぞわからない。彼はやけに花札というカードゲームに詳しいようだった。
 花札を眺めていると、一際目立つカードがあった。赤を背景に、坊主頭の上に大きな満月が昇っている。

「おじさん、私、これが好きかも」
「いいじゃないか。これは芒に月。桐に鳳凰と一緒で光札って言うんだ。ゲームの中で重要なカードなんだぞ」
「下のはニンゲンの頭?」
「お前、物騒なこと言うなよ。これは坊主頭じゃなくて、芒っていう植物だ。いつか見せてやる」

 私はススキに月と呼ばれたカードを手にとった。風に吹かれてススキが揺らめいているようだ。その絵柄を見つめながら、久しく感じることのなかった故郷への羨望と、嗅いだこともない故郷の香りを、胸の内に思うのだった。

11/11/2024, 7:00:47 AM