〈美しい〉
「先生、割れちゃった……」
教室の隅で、ユイちゃんが泣きそうな顔をしていた。彼女が作っていた小さな陶器の器が、床に落ちて三つに割れていた。
子どもたちは三週間かけて、手びねりで思いおもいに器を造り上げた。
それが窯焼きから返ってきて、おひろめをしていたところだった。
「大丈夫よ」と私は彼女の隣にしゃがみこんだ。
「直す方法があるから」
この美術教室の講師になって二年。大学で立体造形を専攻して、卒業後は一応デザイン会社に就職できた。
でも、クライアントの要望に応えることばかりで、自分が作りたいものとは違う。そんな違和感を抱えながら働いていた。
結婚を機に退職したけれど、夫は理解してくれているものの、自分の創作活動にはまったく身が入らない。
大学の同期数人と借りたアトリエに行くのも億劫で、道具もずっとそのままにしている。
この小さな美術教室も、生徒は五人だけ。決して順調とは言えない。
でも、絵や工作が好きな子供たちが、無心に手を動かしている姿を見るのは、不思議と心が落ち着く。私が失ってしまったものが、彼らの中にはまだ輝いているような気がする。
「金継ぎって知ってる?」
私はユイちゃんの涙を拭いながら言った。
タブレットを取り出して、金継ぎの画像を検索する。割れた陶器を金で継いで修復する、日本の伝統技法。
「割れたところが、金色になってる……」
ユイちゃんの目が輝いた。他の子供たちも集まってくる。
「そうよ。壊れたものを隠すんじゃなくて、むしろそれを美しく見せるの」
タブレットの画面には、金の線で継がれた茶碗や皿が映っている。ひび割れが、まるで模様のように輝いていた。
「先生、これ、きれい」
「うん、美しいよね」
私は画面をスクロールしながら、子供たちに問いかけた。
「でも、みんな。
『美しい』って、どういうことなんだろう?」
子供たちは顔を見合わせた。
「ピカピカしてること?」
「お花みたいなこと?」
「うーん……」
私は画像を並べて見せた。割れた器。修復作業中の陶器。そして金継ぎで完成した作品。
「この割れた器は美しくない?でも、金で継いだら美しくなる?
じゃあ、直している途中は? この職人さんが一生懸命作業している様子は?」
子供たちは真剣な顔で画面を見つめている。
「僕は、壊れちゃった時も美しいと思う」と、一番年上のケンタくんが言った。
「だって、ユイちゃんが一生懸命作ったんだもん」
「私も!」ユイちゃんが頷く。
「金色になったら、もっと好きになれそう」
「先生は?」とマユちゃんが私を見上げた。
「先生は何が美しいと思うの?」
──私は言葉に詰まった。
美しいもの。私はそれを追い求めて造形を学んだはずだった。
でも、いつの間にか、完璧なもの、評価されるもの、売れるものばかりを考えるようになっていた。
創作することが苦しくなり、筆を持つ手が止まった。
「先生もね、考えてるの」
私は正直に答えた。
「でも、今日、みんなと一緒に考えられて良かった」
その後、私はユイちゃんの器を丁寧に接着し、金色のペンで継ぎ目を飾った。
本物の金継ぎには及ばないけれど、子供たちは目を輝かせて見ていた。
翌週、ユイちゃんは金色の線が入った器を大切そうに持ってきた。その中には、小さな多肉植物が植えられていた。
「先生、見て。お母さんと一緒に植えたの。
これ、前よりもっと好き」
その笑顔を見た瞬間、何かが胸の中で沸き上がった。
完璧である必要なんてない。壊れてもいい。
その傷を受け入れて、それでも作り続けること。子供たちが無心に手を動かす姿、失敗を恐れずに挑戦する姿。
それこそが美しいのだと。
私は久しぶりに、借りているアトリエの扉を開けた。
「仁美? 久しぶりじゃない」
陶芸作家として活躍している貴理子が驚いている。
「……造る気、出てきた?」
「まだまだ。でも」
道具を棚から取り出し、確認する。
「自分で造らずに、子どもたちに偉そうなことは言えないでしょ」
貴理子が嬉しそうに微笑む。
何を作るかはまだ分からない。でも、作りたいという気持ちが、確かに戻ってきていた。
美しいとは何か。その答えは、きっと作り続ける中でしか見つからない。
でも、心の中の想いを形にしよう。
子供たちが教えてくれた、そのシンプルな真実を胸にして。
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美的感覚は人それぞれですが、子どもたちには素直な美しさを見て生きてほしいなぁと思うこの頃です。
1/16/2026, 10:39:48 PM