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『眠りにつく前に』

月の光を水晶の小壜に詰め、わすれな草の汁にスミレの蜜を足して淡い色水を作る。
一見、薄すぎる色合いだが、それで文字を書き、窓辺によって月明かりに当てると紙面に青く浮かび上がるのだ。

私はこのインクが気に入っている。
毎晩、眠る前に一壜ずつ作り続けるくらいには。

朝になるとこのインクで心に浮かぶまま文字を書き、それをそっと部屋の小窓から外へ落とす。
私の部屋は高い高い塔の天辺にあって誰も寄りつかないので、いくらでも時間はあるのだ。

夜になって月光が射すと、塔の下に無数の淡い青色の光が浮かび上がる。
とても美しく幻想的だが、私の他に見る者はない。

私は出来上がったばかりのインクに、イラクサの棘で傷をつけた指を浸す。私の血がゆっくりと滲み出すのを息を止めて見つめる。
思わず微笑んでしまうのも仕方がない。

今夜、このインクで書いた文字は強い力を持つだろう。
これまで落としてきた紙に書かれた文字のすべてが反転され、恐ろしい災いを呼び寄せるだろう。

私は髪を伸ばして塔から降りようなんて思わない。
そんなことでこれまでのすべてを許そうなんて思わない。

手を離すと、紙が赤紫に光りながらひらひらと落ちてゆき、地面に触れると同時に周囲の紙が一斉に真紅に燃え上がった。

さあ、始まった。
永久の眠りにつく前に、私はこの国の終焉を見るのだ。

11/3/2024, 7:37:58 AM