「大切なものがあっていいなあ」
私は心底うらめしかった
だからそう言った
しかし目の前の人妻は、
もっとうらめしそうな顔で私を見た
「私から見たらあなたの方がいいと思う。あなたは今から北海道にも沖縄にも、フィリピンにもイギリスにだって行けるのよ」
「行けるけど行かないよ。一人はつまらないし、気が向かない」
「行けるけど行かない、っていう選択ができることが羨ましいのよ。私は大切なものと引替えに自分の自由を失っちゃった、夫と子供がいなくなったら私はなんのために生きてるのかわからなくなっちゃうと思う。」
そんな贅沢な悩みがあるか、惚気か?
と口に出そうとしたが、
相手の眉間のシワを見かねて
何も言わないことにした。
他人の悩みの全てを端から端まで理解することなど出来やしないのだ、それに対して意見を述べて、真昼間の喫茶店で大討論会を繰り広げるほどの熱量は今の私にはない。
結局みんな、
どこまで行ってもないものねだりで
隣の芝は常に青く美しく生い茂っているのだ
私はパフェの底にあるコーンフレークをスプーンで潰すと同時に、この人妻に対する淡い恋心を押し殺した。
4/2/2023, 11:34:45 AM