NoName

Open App

 森で暮らしていた頃、ルトは鶏の世話を任されていた。炊事も薪割りも牛馬の世話も苦手な自分が、ようやく任された役割だった。
 毎朝、鶏小屋に行き、一日に使う卵をいただく。鶏の具合を確認し、小屋の掃除をする。一人で全てこなし、時には偏屈な鳥医とやりとりしなければならないこの仕事を疎むギータは多かったが、ルトは鶏の世話が嫌いではなかった。
「おはよー今日も寒いねえ」
 人間の主に仕える身となった今も、その習慣は変わらない。毎朝太陽が昇る頃に起き、朝一番に鶏小屋に行く。最近では主がお世話になっている寮母の調理を手伝うようになった。といっても、相変わらず料理は苦手で、カトラリーを並べたり配膳したりするのがメインだ。
 ギータ種族は早寝早起きだと言われている。太陽の光を浴びてエネルギーを蓄えるその体質故に、朝早くに目覚めてしまうのだ。
 主に仕え始めた頃、ルトを見習って俺も早起きするよと、一緒に鶏の世話をしたことがあった。しかし、その数日後、
『ごめん、冬は寒いし眠い……ごめん……』
 まだ冬も訪れていない晩秋の頃、主は早起きをリタイヤした。
 多分、春になっても夏になっても、主と鶏小屋に一緒に行くことはないだろう。たった数日間でも色んなことを話しながら歩いた道を一人で進むのは少し寂しいが、寮の規則の消灯時間ギリギリまで机に向かっている主に無理強いするつもりはない。
 
「ふぅ……」
 ルトの吐くその息は白い。
 冬が到来した今、主はますます起きなくなった。寒い寒い寒いと布団から出てこない主のために部屋を暖めたら、部屋が暖かいから寒い外に出たくないと言う。
 でも、相変わらず寒いといえば寒いけれど、今日は少し暖かい気がする。久しぶりに太陽が顔を覗かせているからだ。
 卵を持って帰って、スーザさんの料理を手伝い終わったら、今日も主の部屋を暖めよう。雪が降ってないことを伝えたら、寒がりの主人も少しは外に出たくなるだろう……なってほしいと思う。
 卵を入れた籠を持ち、ルトは来た道を戻っていった。

6/10/2023, 7:31:35 AM