雫
「みてー! 何にもなーい!」
少女の元気いっぱいの声が響く。その声につられてそちらを向けば、見慣れた景色とは大きくかけ離れていた。
一ヶ月、いやもっと経っているだろうか。日にちの記憶は曖昧だが、相当な時間が経っていることだけはわかっていた。
何日も、何日も降り続いた雨は水位が増した川のように建物を沈ませる。十階ほどあったこの建物もほとんど浸水してしまって、十階部分と屋上だけが水上から飛び出ているようになっている。
この辺り一帯は背の高いビルはあまりないから、見晴らしのよすぎる景色になってしまった。
久々に晴れた空に懐かしさを感じているとベランダに置かれたバラの花びらに溜まった雫がゆっくりとこぼれ落ちる。
水面が円を描くように揺れて広がり、やがて消えていく。
「これからどうしようねぇ?」
そんなことをのんきに考えながら、果てまで続く水平線を見ていた。
4/21/2023, 2:55:15 PM