かたいなか

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「楽園の定義や所在、生活の中で感じる楽園、現代に楽園なんて無ぇよの嘆き、楽園Aと楽園Bの比較。どの視点から書くか、まぁまぁ、迷うねぇ」
俺としては金と美味い食い物と最高のベッドとストレスフリーな安全地帯があればそれで良いや。某所在住物書きはポテチをつまみ、茶をカップに注いで笑う。

「そういや楽園って、『飽き』の概念有んのかな」
スマホを手繰った物書きは、途端はたと閃いて……

――――――

最大9連休の中の、月曜日だ。呟きアプリでは「電車空いてる」とか、「席座れた」とかが、ちらほら。
私の職場の同期同年代で作ってるグルチャでも、○○課長っぽいひとがエグい服着てバス乗ってたとか目撃例が。画像見たけどたしかにエグい。

「おはよう」
最大9連休だろうと、ウチはウチ。血は多分有るけど涙が無い、ブラックに限りなく近いグレー企業。
「今日と明日、後増利係長が急きょ有休だそうだ。『お孫さんが熱を出したらしい』」
大型連休is何だっけの精神で職場に行くと、20℃超えの気温にようやく少し慣れてきたらしい、雪国の田舎出身っていう先輩が、向かい側の席で氷入りのコーヒーと一緒にもう仕事を始めてた。
「不思議だなぁ?『お孫さん』は先々週、『新型コロナの中〜重症で、病院に入院中』だった筈だが?」

「おはよー」
先輩の机の上には、上司にゴマスリばっかりしてる後増利係長が押し付けてった、大量の仕事の山がある。
「『退院してから普通の風邪引いた』んでしょ」
今日は仕事だけど、これで登山でも楽しんで、ってハナシなんだろう。なにそのオヤジギャク笑えない。
「先輩3日から7日のどこか空いてない?」
山の中から、私が確実に、絶対にできる仕事をザッカザッカ抜いて、問答無用で自分の机に置き直した。
ゴマスリ係長は一度この量を本当に一人で片付けられるか自分自身で検証すべきだと思う。
「手伝うから、どっかで先輩の故郷観光連れてって」

「私の故郷観光?何故?」
「先輩言ってたじゃん。先輩の故郷、花と山野草と山菜いっぱいの楽園だって」
「楽園と言った覚えはない」
「絶対楽園だもん。森林浴し放題。今何咲いてる?」
「おそらくニリンソウとフデリンドウと、山桜と、そろそろ道端でオダマキ。菜の花は丁度見頃だろうな」
「それを人混みも騒音もナシで見れるんでしょ?」
「見れる。公園は祭期間以外はガラガラだから、川だの風だの、あと鳥の声も聞きながら」

「ほら楽園だった。ストレスフリー。デトックス」
「んん……?」

「無理ならランチおごり1回。この前行ったとこ」
田舎出身の先輩は、自然あふれる静かな街がどれだけ貴重で尊いか、あんまり分かってない。
「4月6日頃のテラス席か?低糖質バイキング?」
「そうそこ。星空リベンジ」
それが無くて苦しいから、一定数の都民がこの連休で、花とか水とか音とかに癒やしを求めるのに。
当たり前と感じてるものを、「実は当たり前じゃない」って気付くのは、意外と難しいのかもしれない。
私が小さなため息をひとつ吐くと、先輩は心底不思議そうな顔で、私を見て、首を傾けた。

5/1/2023, 2:08:48 AM