この道の先に
ちなみにもう知った道だ。
知りすぎて、あえて描写するほどの物も風景もない。にも関わらず、今日は空は優しいグレーに雲がかかり、コンクリートの道は明るく、猫は僕に視線で挨拶して元気にどこかへ行く。
この道の先には駅がある。のんびり歩けば徒歩15分、うちから最寄りの小さな駅だ。
自動ではない改札の外で待つ。かろうじて、電子の…スイカ?メロン?を読み取る機械くらいはある。駅員が改札横の部屋に居る他は、ほとんど人がいない。住み良いド田舎である。
改札から入っていく人の背中を見送るたびに「良い旅を!」と心のうちで唱えた。4回ほどそうしたころ、ついに踏切が鳴り出した。来た、来た!
ガタゴトと音が近づいてくる。改札前から垣間見える駅のホームに、電車が入る。まばらな乗客。やがて電車が止まり、アナウンスと共にドアが開く。
5,6人ほどが降りてきて、ピ、ピ、と電子の…アレを機械に当てて改札を出てくる。最後のひとりは、切符を、駅員に渡して出てきた。出てくる直前から僕は待ちきれなくて、彼女に手を振って思わず呼んでいた。「ゆみこちゃん、ゆみこちゃん!」
彼女は真っ直ぐこちらにやってきて、
「やめてよ恥ずかしい、いい歳してはしゃいじゃって」
「3年ぶりなんだから、仕方ないだろう」
「まあ、私も嬉しいわよ、会えて。カズくん」
ゆみこちゃんは僕の小学校時代のマドンナだ。小学校時代でマドンナなんて、こどもの遊びの延長みたいな気もするだろうが、僕たちにとってはちゃんとマドンナだったし、僕の永遠の友達、そう、友達なのだ。僕たちは別々の人と結婚して、暮らして、今はひとりになったけれど、小学生の頃からなぜか気が合って、でも恋はしなくて、文通とか、最近では、メール? とは別物の、えー、らいん…? えすえぬえす…? もしていた。かれこれ70年ほどの付き合いになる。
ゆみこちゃんは相変わらず可愛い。綺麗な白髪。ほとんどシワの無い優しい顔。ちなみに僕は目が悪い。でも僕にとってはシワなど無いのだ。気取らない言葉、声。杖もおしゃれ。背筋が曲がってないのもすごい。
「カズくんはまだ杖を使わないのね。丈夫な膝ねぇうらやましい!」
「ゆみこちゃんは杖もおしゃれだねえ! 僕もそろそろ必要だろうから、どんなのが良いか教えてよ」
歳をとった会話をしながら、帰り道をいく。ゆみこちゃんは明日、知り合いのお葬式があるそうで、まぁこの歳にもなると、そういうことでもないとなかなか遠出はしないので、亡くなられた方が僕たちに機会をくれたというわけではないが、近くに来るのなら、と、会うことにしたのだった。電車で1時間のところに住んではいるが、これでも今の僕たちにとっては遠出なのだ。
「私ねえ、膝が悪くなってきたから、カズくんのお葬式には行けないかもしれないわ。でもちゃんとお祈りするし,すぐ会いに行くから許してね」
「いいとも。それに、すぐじゃなくても、お土産話をこしらえてからでも構わない。それに、先に旦那さんに会いに行ってやれよ」
「あら、そうだったわ。毎日会ってる気分だったから忘れてた!」
ゆみこちゃんの旦那さんは、もうすぐ亡くなってから20年だ。
「僕も、ゆみこちゃんのお葬式には行けるかわからないけど、同じようにするよ」
「あとから来る方はお土産話をもっていく約束にしましょ」
どんな道の先であっても、友達がいると良いものだなぁ、と、80年でしみじみ思う。
7/4/2024, 7:02:12 AM