ずっと私は自分の名前が嫌いだった。
私の名前の後には、いつも悪口が続くから。
私は頭が悪いとか、気が触れているだとか、
私の事を何も知らないくせに、私の名前を呼んでくる。
他人に呼ばれる自分の名前が大嫌いだった。
君は初対面なのに私の名前を呼んだ。
普通は苗字で呼ぶものでしょう?
馴れ馴れしくて感じが悪かった。
ただでさえ名前を呼ばれる事が嫌いなのに。
でも君は明るい声で、眩しい笑顔で私の名前を呼んだ。
私の名前の後にはいつも、私を慕う言葉が続いていた。
素直に嬉しかった。私の名前が輝いて聞こえた。
君が呼ぶ私の名前だけは、大好きになれた。
君が話せなくなった。
喉の癌だった。声帯を取ったらしい。
二度と君の口から音が出ることはなく、
二度と私の名前を呼ぶこともない。
それでも君はいつものように笑っていた。
私に向かって、とびきりの笑顔を見せるのだ。
君は泣いていないのに、笑っているのに、
どうしても涙を止めることが出来なかった。
君は呆れたように笑いながら、白紙に何かを書いた。
私に宛てたその紙には、大きく書かれた私の名前が。
それは、私の名前かわからないほど綺麗で。
見蕩れてしまうほど美しくて。
君の声で、君の手で、君の目で呼ぶ私は、
この世界の何よりも幸せだと思えたんだ。
今でも大切に仕舞っている。
どんな宝石よりも輝いている、私の名前を。
7/21/2024, 9:10:26 AM