徒然

Open App

 夕立に降られ足止めを食らった放課後の教室。窓の外を眺めながらボヤく美鈴の横顔を私はチラリと見てから携帯に視線を戻した。
 指先を素早く動かしてフリックを続ける。今やスライドで簡単に打てるこの文字も、昔は一回一回打って移動して変換してを繰り返していたんだから、今の時代にJKをしている事がありがたい。
 なんて言っても、お姉ちゃんは当時長いネイルでスライド携帯の文字盤を器用に押していた。あの速さは今私がスマホでやっても勝てないと思う。要は慣れなのかもしれない。あの頃のお姉ちゃんは今では見なくなった所謂コギャルで、金髪にルーズソックス、派手な服装と携帯には重たそうなキーホルダーを大量に付けていた。私は今の時代の高校生も可愛いくて好きだし、自分が今の時代でJKをしている事に満足だが、やっぱりああいう時代のJKも可愛いと思う。
 それもあって、私が書け携帯小説のキャラ設定はいつも平成ギャルばかりだ。キャラのイメージはお姉ちゃんとその友達。幸いお姉ちゃんは携帯を持っていたし、大量に写真を撮る人だったので当時の雰囲気がわかるものは沢山ある。ギャルのくせに物持ちも良く、何でも大事に取っておく人だから、10年以上経った今でも日記帳や卒アルなんかが綺麗に残っている。私はそれらを見て情報を集めながら、周りの子の恋愛事情なんかを当てはめた小説を書くのが密かな趣味である。
 今時携帯小説?と思われそうだが、おわかりの通り全ては歳の離れたお姉ちゃんの影響だ。お姉ちゃんが当時携帯小説の大ファンだった事もあり、その時買った横書きの本なんかも家にはある。今でもたまに読んでは泣いてるのを見ると、あの世代の人間にはいつまで経っても刺さるんだななどと思いながら見ているのだ。私からすると、感動ポイントはわかるが今風では無いというのが私の感想である。
 それなのに何故平成を題材にした小説を書くのか。それはズバリ姉を泣かせたいのだ私の小説を読んで泣いた姉を見てみたい。その一心で始めた小説はすでに20本を超えている。おかげでフォロワーも増えたし、私の作品を楽しみにしているとコメントを残してくれる人まで増えてきた。嬉しい。だが、携帯小説を始めて早1年が経とうとしているのに、お姉ちゃんという存在は全く泣かないのだ。過去の作品ではあんなに泣いていたのに。
 それがどうも悔しくて、悔しくて。私は今日もこうやって放課後の教室に残り1人執筆活動をしようとしていた所に入ってきたのが美鈴だった。

 美鈴とは中学が一緒だったが、中学時代接点が無く話した事も殆ど無かった。高校で同じクラスになってからは別のグループではあるが良く話をする友人の一人と言った所だろう。
 私は携帯小説執筆にあたり、クラスの女子は勿論他クラスの女子にまで恋愛事情を聞き込んでいた結果逆に相談される事も増え、仕舞いには恋愛相談の母とまで呼ばれる存在になってしまったのだ。最近では、恋愛の悩みを持った男子までが訪れるようになり「○○は俺の事をどう思っているか」や「△△の事好きなんだけど、告ったら成功するかな?」等々、今や一年生全員の恋愛事情を把握していると言っても過言では無い。
 悲しい事に私自身にそういう気配は全く無く、聞かされるのは他の女子の名前ばかり。自分の容姿は特別良くも無いが悪くも無いと思って居る。しかしこればっかりは見た目じゃ無いんだろうな。学年の恋愛事情を把握し、果ては恋愛マスターなんていう呼び声まである私と付き合うのはハードルが高いのだろう。「デートに点数付けられそう。あとでダメ出しの指摘されるのが怖い」「恋愛の仕方に文句言われそうだな。こっちの頑張りを冷めた目で見られそうで緊張する」などという声は実際に届いている。なので私がモテないのは決して見た目が悪いとか、性格が悪いとか、所詮恋愛対象からは外される良い人止まりなどじゃ無いと。自分に言い聞かせる日々だ。悲しい事だが、それが事実。しかしその悲しみも携帯小説のネタになると思うと美味しい展開である。

 そういえば、美鈴には少し前彼氏が出来たはずだ。今日は先に帰ったのか、一人ここに残って居るなど珍しい。
 美鈴を題材に書いていた夢小説を一旦閉じてから、私は話し掛けることにした。気の所為か、心なしか横顔が哀愁漂う感じがする。

「美鈴、今日は彼氏と帰らないの?置き傘あるんじゃ無かった?」
「彼氏ね……フラれちゃた」

 そう言って笑う美鈴は哀しげではあるが、冷めた印象がある。夕立を見る横顔から漂う哀愁は気の所為だったのか。

「フラれたって……先週付き合ったばっかじゃなかった?えっと確か水曜だったよね。今日が火曜だから……水、木金……丁度1週間て事?」
「そだよー。今フリ〜」

 美鈴は笑顔で手振っている。フリー?あの美鈴が?私は状況が飲み込め無いまま唖然とする。そして、折り畳んだ指の数を開き、再び日数を確認し、美鈴と交互に見比べた。美鈴が振られた…それも驚きだが、美鈴が今フリーである事が更に驚きだった。
 美鈴は確かに恋多き女だ。付き合っては別れ、付き合っては別れ、二股三股当たり前。しかしそこが良いと寄ってくる男が後を経たないのも事実で、常に誰かと付き合って居た。
 1人切れても、もう1人居る。常にそんな感じなので、フリーの期間なんてのはゲームで言うとこのSSRというやつだ。私はまだフリーの状態…つまりはSSRを引いてない。今目の前に居るのがSSRの美鈴……これをネタにしない訳にはいかないではないか。
 そう思った私は、慎重に美鈴から話を聞く事にした。夕立はまだ止みそうに無い。今がチャンスだ。

「美鈴が1週間でフラれるなんて珍しいね。いつも最低2週間は続いてるのに」
「そうなんだよね〜。でも今回は完全に当て馬にされたって言うかぁ〜、ちょっと私としても腹立たしくはあるんだけど」

 当て馬!美鈴が!?全学年の男子を弄んでいる美鈴を当て馬にする男など存在したというのか。いや、美鈴だからこそ本命相手には丁度良い当て馬だったのか……。何にせよ予想外の展開に、面白い話が書けそうである。

「はなから美鈴目当てじゃなかったんだね、その人」
「そうなんだよ〜!酷くない?美鈴の事好きって言ってくれてたのにだよ?」
「男心と秋の空って言うからね。秋は恋が移ろいやすい季節なんだよ、きっと」
「男心……?女心じゃ無くて?」
「元は男心と秋の空って言葉だったらしいよ。今では女心に例える方が主流だけど、平安時代……とかだったかな。遥か昔は男心のが主流だったって」
「へぇ〜。知らなかった」
「私も課題で調べるまで知らなかったよ。時代の移り変わりで男女の立場や価値観が変わった事で、言葉も変わっていくんだろうね」
「なるほどね〜。美鈴も、変わるんだよ?知ってた?」

 私の豆知識を一通り聞いた後、こちらまで歩み寄ってきた美鈴は小首を傾げている。所作の一つ一つが可愛らしいが、男子にウケても女子ウケはしないのはこういう所なのだろう。裏でぶりっ子、キモい、あざとさを全面に出し過ぎて痛い。なんて事を言われているのも耳にする。

「美鈴ね〜、誰とでも付き合うの辞めたんだ。今まで、告白されたらみんなと付き合ってたし、可愛いって言われたら好きって思ってたし、みんなに愛される美鈴の事が大好きだったんだけど」
「うん」

 美鈴のいつもの自分語りに私は相槌を打つ。こういうのが始まるのはいつもの事で、結局また複数の男を作るのが関の山。美鈴と知り合ってから、そういう子なのだという事はわかっている。
 中学時代も噂は沢山あった。他校の子と付き合っている、高校生に恋人が居る、この前人気の○○君と歩いてた、パパ活をしている……等々。パパ活に関しては、噂が教師の耳に入り一時問題となったが、後に別居中の父親だった事がわかり、事なきを得た。
 中学時代から男の子達との噂が絶えない美鈴が、1人に絞るなんて事が出来る訳もなく。毎回聞かされるこの話は一過性の風邪みたいなものだと私は認識していた。
 
「今まで沢山の男の子と付き合ってきたんだけど、美鈴の事可愛い!好き!って言ってくれて……嬉しかったけど、やっぱりなんか物足りないってゆーかぁ……コレジャナイ感?ってゆうの?があってぇ」
「うん、うん…」

 似た様な話は別れるたびに聞いている。○○君はやっぱり相性が悪かった。なんか合わないんだ〜なんて事は散々聞かされている。それでも私が話を聞くのは、小説のネタになる事は勿論だが美鈴という子が嫌いになれないからだろう。
 美鈴は割と本気でそう思って言っている節がある。フラれた腹いせや言い訳に使うのでは無く、純粋に心からそう思っているのだ。ちょっと頭が弱いと言ってしまえばそれまでなのだが、天然なのか素直なのか、人を疑う事を知らずに付き合っている。
 だから、好きと言われたら自分も好きな様な気になり付き合い、2人、3人と股を掛ける男が増えていく。側から見てると面白いが、自分が男なら付き合いたく無いタイプだ。

「それで〜私気付いたの!私男の子が好きなんじゃ無くて、私を好きって言ってくれる人が好きなんだなぁって!」
「うん…そうなんだ」
「それでね……じゃあ、私が好きって思った人誰かなぁ?って考えたの。そしたら、別に男の子じゃなくても良いじゃん!ってなってぇ〜」

 そこで美鈴の目が私の目を真っ直ぐ捉えて笑った。

「結衣!私貴女と付き合いたい!!結衣は私の事好きでしょ?私も結衣が好きなの!」
「はぁ…………はぁ!?」

 この流れでまさか自分が告白されるとは思わず、二度見で返事をしてしまう。私が美鈴を好きとは、どっからその自信が湧いてくるのだろう。

「いや、好きって……好きじゃ無いけど……」
「えぇ〜!今日だって好き!可愛い!って言ってくれたのに!嘘だったの?」
「嘘っていうか、それは友達としての話で、恋愛的な意味では……」
「そんなのわからないじゃん〜。付き合ってみたら好きになるかもだよ?それに……私は結衣となら、そういう事も出来ると思うんだ……」

 美鈴の綺麗な長いまつ毛が近づいてくる。私は思わず顔を背けた。こういう事を冗談ではなく、毎回本気で言ってくる美鈴だから誤魔化しがきかなくて厄介である。

「ねぇ……ダメ?結衣は美鈴と付き合いたくない?」
「女の子と付き合うとか、考えた事無いし……いきなりそんな事言われても……」
「……美鈴は、結衣の事結構ガチで好きなんだけど」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、真面目なトーンで発するその言葉に思わずドキッとしてしまった。まさか自分が女の子相手にときめく事があるなんて……。
 その時、お姉ちゃんが読んでいた携帯小説の本の存在を思い出す。お姉ちゃんの泣いていた本は、確か女の子と女の子の悲恋話だった。当時はよくわからなく、最近は一人暮らしで家を出たお姉ちゃんが本を持っていってしまったので詳細はわからないが、確か「女の子同士は結ばれない運命なのよ」というセリフがあったはず。お姉ちゃんはいつもそこで泣いていた。だからそのセリフだけ覚えている。何故忘れていたのか……忘れようとしていたのか……。
 私は誰かと付き合った事が無い。誰かを本気で好きになった事も、恋をした事も無い。だけど、今ここで目の前に居る美鈴と付き合えば、同性の恋愛のネタも手に入り、お姉ちゃんを泣かせるような小説が書けるかもしれない。
 そう思うと私の答えは一つだった。

「いいよ。付き合おっか」
 
 卑怯だと思うだろうか。それでも良い。私は私の目的を果たす為なら何でもするんだ。それに相手は美鈴。どうせすぐに飽きるだろう。
 女心と秋の空。秋の恋は移ろいやすいもの。高校生のお遊び恋愛に付き合うのも悪く無いかもしれない。


#男心と秋の空【秋恋】

9/22/2023, 4:26:40 AM