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#花畑

 小学四、五年の頃だろうか、ピアノの個人レッスンに一人で通っていた。
 田舎の町だから先生の家までとても遠くて、自転車を壊してしまってからは、「もう少し早く歩けなかったの」と母に叱られるほど、通うのに時間がかかった。
 それもそのはず、私はいつもこっそり寄り道していたのである。

 寄り道の先は細い農道の先に偶然見つけた、人気のないれんげ畑だった。
ピンクの花畑に座り込んで、次々れんげを摘んでは大きな花束を作り、作った花束は道中の祠にお供えして、何食わぬ顔で家に帰った。
 ある日れんげが全部なくなっていてがっかりしたが、後には綺麗に水が張られて苗が植わり、稲がそよぎ始めた。
 ずっと誰にも会わなかったし、どれだけぼんやりしていても、鼻歌を歌っても、バカみたいにくるくる回っても大丈夫な、私だけの秘密の場所だったのだ。
 
 たぶん家に帰りたくなかったのだなあ…と思う。
ピアノは大嫌いだったけれど、ギスギスした雰囲気の家がもっと嫌だった。
 やがて両親が離婚すると、あの町から離れることになって、ピアノもやめてしまった。

9/18/2024, 3:14:14 AM