sairo

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「おや、珍しい客人だ」

ひらりと舞う白の蝶。
手を差し出せば、大人しく指先に止まるその様に苦笑する。

「まだ目覚めるには早いだろうに。それとも、逢いに来たのか。蛟の子に」

難儀なものだ。
人としての生を終えたのだから、しがらみを断ち切れるだろうに。敢えて自ら囚われにいくのか。
それは子の本質か。或いは血に刻まれた因果が故か。

「あちらだ。奥の水牢にいるだろう」

蛟の子の在る方へ指先を示す。
静かに翅をはためかせ宵闇に消えていく白を見届けると、ほうと息が漏れた。

「まったく、人というのは難儀なのだな…微睡む刻すら惜しいらしい」

先刻より背後で待つ男に、振り返り声を掛ける。

「独りでは在れぬのでしょう。お互いに」
「そのようだ」

微笑んで手渡された風車は、あの白い蝶の魂振であったもの。その色は真白のまま、澱みの一つすら浮かばずに。
どこまでも純粋な鬼の子の魂を、哀れとすら思った。

「さて、どうするか。このままというわけにもいくまい」
「存外、問題ないのかもしれませんよ。あの娘の魂はとても強いですから」

手慰みに弄んでいた風車を見、男は笑う。

「娘が戻って来られたら、考えれば良い事です。さぁ、そろそろお休みください」

風車を取られ、半ば強引に床へ促される。
相も変わらず我が強いその様に、呆れながらも大人しく従い床に着いた。
難儀なのは、人だけで十分だった。

「おやすみなさいませ、長」

行燈の灯りを消し、部屋を出た男は足音一つ立てず。
その薄い気配を辿りながら、仕方なしに瞼を閉じた。

子は逢えたのだろうか。
境界を超え、堰を破った罪人に。罪を重ねる程に逢いたいと切望したその盲愛に、何を思うのか。
蛟の子は、気づくのだろうか。
白き蝶の鬼の子の魂に。揺籠から抜け出し、囚われるその最愛に。


微睡む意識の端で、只人として生きる事を許されなかった子らを想う。
せめて、刹那の逢瀬は安らかに。

柄もなく、願った。



20240511 『モンシロチョウ』

5/11/2024, 1:49:38 PM