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「明日はキーマカレーにしますか?」
 1週間のうち木曜日が一番しんどいと感じる人が多いらしい。前にそんな話を2人でした気もするが、持ち帰りの仕事と睨めっこしている私が、相当疲れているように見えたのだろう。

「…うん!」
 申し訳なさと期待感を、バランスよく込めて返事をする。明日会社に行けば週末が来る上に、ご褒美が待っているなんて。声に嬉しさの分量が多すぎたかもしれない。自分でもわかるくらい、きらきらと瞳に光を宿して画面に向き直る。

彼とは学生の頃に知り合った。同じ大学ではないが近くのキャンパスに通っていて、電車で時々見かけたらしい。ある日、リクルートスーツを着た姿を見て、いつもと違う雰囲気にドキッとしたんだとお酒の勢いで話してくれたことがある。就活のアドバイスが欲しいと、他大の後輩にいきなり話しかけられて、こちらはだいぶ面くらったのだけど。ただ、真面目でかわいいというか、物腰が柔らかくて、話したこともないのにいい人そうだと思った。波長が合い、ペースを合わせてもらいつつ穏やかに進むお付き合いは心地よかったし、同棲を提案されたときも、特に断る理由がなかった。

というより、正直に言えば、ある一品に胃袋を掴まれていた。野菜たっぷりのキーマカレーだ。卒業と同時に一人暮らしを始めてからの1〜2年は、新たな環境と忙しさで私が余裕を失くし、よもや自然消滅かと思われるくらい会えない時期だった。せめて記念日は一緒に過ごそうと、お家ご飯を振舞ってくれたのが1回目に食べた記憶である。自分ではほぼ料理をしないので、どんなメニューでも感動してしまうのだけど、なぜか、自分以外の誰かがいる暖かさというか特別な存在感を一口進めるごとに感じたのだ。

明日で何度目だろうか。手帳も日記もまともに書けたことがないけれど、ほんの少し、記録しておいてもよかったかも、なんて考えてしまう。いや、まずは明日の資料作りだ。

空想から目の前の現実に戻った自分を褒めながら、キーボードをまた忙しなく叩き始めたが、明日の準備を終えた彼がすぐ後ろを通り過ぎようとしたので、思い直して手を止めた。

「ねぇ、もうすぐ終わりそうだから、帰りに買ってきたプリン食べようか。」

10/27/2024, 7:44:54 AM