—風に誘われて—
夫のデリカシーのない一言から始まった。
「あれ、最近ちょっと太ったんじゃない?」
自分でもわかっていた事だが、人から言われるとカチンとくる。普段は気が利く夫だけれど、時々こういう事を言う。
それから私はダイエットを始めた。
そして今日で、丁度一ヶ月。
着実に成果は出ていた。食習慣の改善と、朝のウォーキングが効いている。
「この匂いは……」
朝は雨が降っていたが、夕方は止んだので、今日は普段とは違う時間にウォーキングをしている。
吹き抜ける風が運んできた匂いに釣られて、私は歩く方向を変えた。
「やっぱり、肉村さんだ」
『肉村』は、肉屋で、美味しいコロッケが評判の店だ。
「たまには自分へのご褒美に買っちゃおうかな」なんて考えたが、すぐにその考えは無くなった。
「……」
夫が並んでいたのだ。私にあんな事を言ったくせに、自分だけ美味しいものを食べようとしている。
確かに夫は筋トレをしていて太っていない。いや、健康的に太い。
だが、私は心底憎んだ。
見なかった事にし、踵を返した。夫よりも早く自宅に着いた。
「ただいまー」夫が帰ってきた。
「おかえり」
自然といつもよりも声が小さくなっていた。
「はい、プレゼント」
「え?」
「最近頑張ってるから、買ってきた」
夫が手渡したのは、肉村の紙袋に包まれたあのコロッケだった。
「たまにはチートデー入れないと続かないからさ」
「ありがとう」
私の顔には笑顔が戻っていた。
私達は仲良く、肉村のコロッケを頬張った。その味は今まで食べたコロッケの中で、一番美味しかった。
お題:吹き抜ける風
11/20/2025, 4:00:16 AM