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 知り合ってから一五年が経った。
 それからいろいろあって、付き合って、結婚して、子供が生まれ、広い家に引っ越して、また子供が生まれ、犬も二匹増えた。
 みんなが起きていれば、賑やかで温かく感じる家も、夜が更けるほどに冷たく静寂に支配される。
 音もなく走る秒針すらうるさく感じてしまう侘びしさの中、思い出すのは昔のこと。
 今からすればとても狭い部屋に二人で住んでいた。部屋のあちこちに転がる、くちゃくちゃに丸められた紙屑。大学ノートにボールペン、そんなアナログスタイルでないと作業できないせいで、気に入らないものたちはどんどん千切られ放られゴミへと変わっていく。
 傷だらけのアコースティックギターを模索して、譜面へと落とし込んでいく横顔。
 お金はないけど、夢はあった。温もりもあった。確かな繋がりもあった。
 では、今はどうだ。
 誰もが知る人となった彼は、何かに理由をつけて帰ってこない。その理由がどこまでがほんとうで、どこからが嘘なのか、私は知っている。知っていて、知らないふりをする。
 だって、子供たちはまだ小さい。父親が大好きで、父親を誇り、信じている。
 私一人が我慢すれば何事もなく過ぎていく。
 我慢すればいい。目を閉じて、耳を塞いで、心に殻を被せて。
 それでも、ふっと、特にこんな静かな夜は押し込めていたものが溢れ出てしまう。
 こうなるのなら、あのままの方が良かった。貧しく苦しくとも、それでもあの狭い部屋の方がずっとずっと、間違いなく幸いに満ちていたのに。

6/4/2024, 5:52:06 PM