sairo

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※ホラー


出口が見つからない。


『願いを叶える双頭の神』が、廃村にいる。
昔、その神の怒りに触れて、村の人すべてが連れていかれたのだという。
神が安置されている村の奥の屋敷の門は、普段は閉じており開く事がない。しかし、ある条件下で開き神に会う事が出来る。

よくある都市伝説だと思っていた。誰も本当に信じてなどいなかった。
だから学生生活最後の夏休みの思い出作りにと、友人の兄も巻き込んでこうして肝試しに来たのに。

最初はよかった。草の生い茂る道は歩き難くはあったものの、雰囲気は最高で。お互いわざと怖がり、写真を撮っては笑い合っていた。
奥の屋敷の他と違い形を残した門扉を見た時、何処か嫌な予感がした。けれどそれよりも、非日常の高揚感が勝り。
門に、手を、伸ばし。

開かない、と思った。開くわけがない、と皆思っていた。
けれども、

扉は、開いた。
容易く。呆気なく。簡単に、開いた。開いてしまった。

どうしようか、と呟いた。
行ってみよう、と誰かが囁いた。
怖い、と皆口にしながらも笑っていた。

ただ一人を除いて。

『この先は止めておいた方がいい。帰れなくなるよ』

水を差された気分だった。
他の皆も同じようで、口々に非難を浴びせた。そのせいかそれ以上は何も言われる事なく。
一人を置いて、皆で門を、潜り抜けた。



衣擦れ。足音。
ひび割れた呻き声。誰かを呼ぶかのように。
心音。呼吸。
気づかれぬように。身を縮めて、必死で息を殺していた。
声が近づく。襖一つ隔てた向こう側を、ゆっくりと、ゆっくりと。

「…ドコ……ネエ、サマ…ネエサマ…ドコ、ニ…」

漏れ出る声を、呼吸ごと押し殺す。
気づかれてはいけない。襖を開けられてしまえば、もう逃げる事は出来ない。

衣擦れ。足音。呼び声。
遠ざかる。少しずつ、少しずつ。声が小さくなる。

聞こえなくなる。

「………っは、ぁ…」

息を吐く。出来る限り静かに。音を出さぬように。
力が抜ける。動かなければと急く気持ちとは裏腹に、今は指一本すらまともに動かない。

あの時、忠告を聞いていれば。或いはすぐに引き返していれば。
皆と逸れる事もなく、得体のしれないアレに追いかけられる事もなかったはずだった。

最初にアレと遭遇したのは門を潜り抜けた先、広大な庭を散策していた時だった。
違和感は感じていた。風化を感じさせない屋敷。綺麗に整えられた庭。
あまりにも門の外とは時の流れが違っていた。
けれどその時は、その異様な様子さえ肝試しというイベントの興奮材料にしかならなかった。
怖いと嘯きながらも無遠慮に庭へと踏み入れ、そして。

広い池の向こう。佇むように、アレはいた。
紅い振袖を着た黒髪の少女。けれどその背には、着物と同じく紅い翼が生えているように見えた。
遠目では、そう見えていた。

最初に動いたのは誰だったか。
声にならない呻きを上げて後退し、脇目も振らずに走り出した。それを合図として皆一斉に逃げ出した。

門には辿りつく事が出来たが、それは二度と開く事はなく。
背後から聞こえる声に、仕方なく屋敷の中に入り込んだ。

迷路のように入り組んだ、暗い屋敷の中。出口を求めて彷徨い。
追いかけてくるアレから身を隠す内に耐えきれず、友人達は皆おかしくなっていった。一人は泣きながら笑い続け、一人は意味の伴わない言葉の羅列を永遠と話し続け。
気づけば一人になってしまっていた。


動かなければ。
逸れてしまった他の皆と合流して、出口を探さなければ。
目を閉じ力を込めて両手を握り、開く。震える足で無理やり動かし、立ち上がる。

アレから身を隠す為に入ったいくつかの部屋で見つけた、書物の内容を思い出す。
村の事。祀られていた双頭の神の事。
落雷で焼けた御神体。流行病。
神の依代。齢七つの双子の女児。
屋敷の裏。石段を上がった先。社。儀式。
アレの背にあるのは翼などではない。背から生えるのは、天に両手を伸ばした、紅い振袖の。

目を開ける。
襖に手をかけ、音を立てぬようゆっくりと開ける。
声は聞こえない。紅く揺らめく振袖の裾は、アレの姿はない。

一歩足を踏み出す。音を立てぬよう慎重に歩き出す。

動かなければ。皆を探してここを出て。
一人待っているであろう、忠告してくれた  に謝らなければ。

「……ぇ?」

ふと、気づく。
忠告してくれたのは、本当に友人だったのか。自分達は何人でここを訪れたのだったか。
彼、或いは彼女の名は。声は。姿は。

そもそもその誰かは、本当に人の姿をしていたのか。

気づいた。気づいてしまった。
記憶の中の誰かの姿が途端に色褪せ、形を失っていく。まるで土で作った人形が、ぼろぼろと崩れていくように。


耐えきれず叫声を上げる。僅かに残った精神で、声の去っていた方向とは逆の方へ走り出す。

逃げなければ。
今はただ走る。逃げ続ける。



出口はまだ見つからない。




20240629 『夏』

6/29/2024, 11:58:56 PM