ほたる

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君の灰色の羽が揺れるたび、美しくて、悲しくなる。

皆が白さを誇る中、違う色のそれを自慢げに話す君が好きだった。
少し透けた静脈は生々しく、けれども唯一無二の美しさを持ち合わせていた。
そんな君に全ての存在が惹かれた。私もその1人だった。

君は話すことがうまくて、相手との距離を詰めるのが得意で、
ほしい言葉をすんなりと与えて、それでいて嘘のない完璧な存在だった。
例えば君の羽が白かったとしても、皆は同じく君を好きになったと思う。
私も、その1人だった。

ある日、君があと三日でいなくなってしまうことがわかった。
死んでしまうのではなくて、遠くに行くんだと教えてくれた。
そんな母親が子供に聞かせるようなお伽話ひとつで、あと三度眠ったら君はもういなくなる。
私はどうしたらいいのかわからなかった。そしてこの話は、私と僕の秘密だよと君は私に笑顔で言った。

それからもずっと君は誰かの完璧で居続けた。
泣いている子供にお菓子を与え、転んだおばあさんを背負い家まで連れて帰った。その度に君の羽が、少しずつ黒ずんでいくように見えた。誰も気がついていないようだった、私の気のせいかもしれなかった。けれどもその羽は色を濃くしても尚美しく、誰もを、何をも魅了し続けた。

二日後の朝、私は走って君に会いに行った。
飛んだほうが早かったけれど、それはなんだか違う気がして、がむしゃらに走った。
君は最後の日だと言うのに花壇の花に水をやっていた。私の顔を見て少し驚いたけれど、すぐに笑顔でおはようと言ってくれた。君が私に言う最後のおはようだった。

「あの、私、今日が、最後だと思ったから」

私が息も絶え絶えそう言うと、そんなことだろうと思ったと言う顔で君はこちらに近づいた。すると私に、もうこの後出発しようと思うんだと告げた。私はてっきり今日の夜までは時間が残っているものだと思っていたので、驚愕した。頭の中にある全ての言葉をかき集めて、端的に、効率的に、君への気持ちを伝えようと考えた。けれども言葉は心臓で肥大して喉から出てこず、私は黙ったまま涙した。
そんな私の涙を拭って君は、今までありがとう、君がいてくれてよかったと言った。そしてその瞬間に、君の羽は真っ黒となった。

私は結局何も言うことができず、君は黒い羽をはためかせて空高く飛んだ。この世になんの悔いもないと言った表情で、まるで星にでもなるみたいに高くまで行ってしまった。

私は君の姿が見えなくなるまでずっと泣いた。
ただただ泣いた。
君がいなくなってしまったことが悲しかった、だけではなかった。
私は君の最後のトリガーになってしまったのだ。
君は人に優しくするたびに羽が白さを失う病だった。
"優しさ"なんて曖昧な、輪郭のないものに君は殺されたのだ。
私が最後に泣いてしまったから、君は星になってしまったのだ。
そして私は君の中の大多数いる平凡な存在にしかなれなかったことを、悔しく思った。
君がこの世界に留まりたいと思う原因になれなかったことを。
そしてこの期に及んでそんなことを思う自分を、醜く思った。

私はそのあともずっと泣いた。わんわんと泣いた。
そして、せめて君の優しさが、曖昧なんかではなく本当に誰かを救っていてくれていたことだけを、ただ願った。

10/25/2025, 2:18:34 PM