燈火

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【遠い足音】


ふいに眠りが浅くなり、導かれるように覚醒する。
今年も無事、私の季節がやってきた。
暦を確かめると、もう十月に入ったところ。
年々、目覚めが遅くなっている。

今年は何日起きていられるだろうか。
不安を抱えながら外に出て、朝日を浴びる。
家を囲む木々の葉の色はまだ変わっていない。
時おり涼し気に風が吹くものの、残暑は続いている。

リビングに戻り、机に置かれた日記を開く。
〈おはよう。今年も起きられてよかった。〉
それは同じ家に住む四人で共有して書いている。
誰も言えないおやすみの代わりに、朝の挨拶をする。

私は他の三人より起きていられる時間が短い。
暑さが弱まる頃に起き、寒さが本格化する前に眠る。
それまで特別することはなく、ただ起きているだけ。
暇つぶしに日記を読んで、恋しさを知ってしまった。

寒さが増すほどに、あなたの気配が近づく。
寒さが増すほどに、私の意識が薄らいでいく。
寒さが増すほどに、残り時間が少ないのだと知る。
あなたが目覚める日は、私が眠りにつく日でもある。

私は知らない。あなたの目の色を、声を、性格を。
今までもこれからも、きっと知ることはないだろう。
几帳面さを感じさせる、綺麗に並んだ文字を撫でる。
あなたを知るヒントは日記の中にしか存在しない。

〈起床。枯れ木ばかりで景色が淋しい。〉
〈天気は曇り。昨夜の雪が残っている。〉
〈椿が咲いていた。鮮やかで美しい赤色の花だ。〉
淡々と綴られる日々に、今日もその姿を探している。

10/3/2025, 6:21:07 AM