薄墨

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夏になったら、その“選抜”は始まるのだった。

梅雨が明けた。
天気予報はこぞって、陰気で湿った雨の季節が終わりを告げたことを祝っていた。
眩しい日の光が、自宅の窓際にまで届いていた。

キーボードを押し込んでいた指から力を抜く。
窓の外は当たり前のように晴れていた。
青い空が、一面空を覆っていた。

夏になったら、“選抜”が始まるのだった。

この街が夏を終えるためには、“天使”がいる。
暑い日差しの中で、いろいろな無念や恨みや渇きを抱えたまま、スイッチを落とすように簡単に、人生を終えたありとあらゆる生き物たちのために。
あの大天災で消えた全てのものと、暑い暑い夏の太陽と、陽炎と一緒に、地の底に沈み、彼らを帰していく、
“天使”が要る、のだ。

夏になったら、“選抜”が始まるのだ。
この夏、今年の夏と共に埋葬されるに相応しい、“天使”の“選抜”が。

この街では、夏は招かれざるものなのだ。
あの大天災のせいで。
この街では、ただ暑くて陰湿で忌々しいだけの季節なのだった。夏は。

夏なんて、一生来なければいいのに。
夏になったら“選抜”が始まるのだ。
夏になったら、あの大天災がもう一度、始まるのだ。

だから、この街の人々は、みんな夏を忌々しく思いながら、夏を待っているのだった。

天気予報はこぞって、梅雨明けのニュースを伝えていた。

窓を開けた。
既に空気はからりと暑さを纏い始めていた。
空は抜けるように真っ青に晴れ渡っていた。
太陽は燦々と降り注いでいた。

夏の気配がした。

6/28/2025, 2:30:45 PM