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遠い日の記憶…




あれは私が二十歳の頃だ。

自己啓発セミナーというのが流行った。

友達から誘われて断りづらかった。

参加費が確か30万円コース、60万円コースだった。

人生が変わるからと、彼女は熱心に話してくれた。



煮えきらない返事をする私の家に

友達と、そのセミナー仲間が数人来た。



日曜日だったから家の前の駐車場に父の車があった。

車の前で私たちは話をしていた。

厳格な父に、セミナーの話を聞かせたくなかったが

玄関の中で父が聞いているのがわかった。



やんわり断ろうとする私を無視して

セミナーの話に熱を込める若い男性。



もう断るの無理かなと、思いかけた頃

いつからか後ろに立っていた父が

「もういいから、お前さんたち帰りなさい」と言った。



私を勧誘していた男性が、今度は父に向かって話を始めた。

「帰れと言ったはずだが?」

父の声が少し大きくなった。

それでも食い下がる男性。

私ならビビるシーンだが、

さすがに自己啓発している人はメンタルが強い。



男性と父の言葉の応酬、どちらも引かない。


その場面の、最後の会話を今も覚えている。


男性が、父に言った。

「あなたは娘を自分の持ち物だと思っているんですか」

父はきっぱり言いきった。

「思っておる。」


ああ、親バカっていうより、バカな親だ。

笑ってしまうくらい馬鹿だ。


男性はあきれた顔をして肩をすくめた。

私が「ごめんね」と言うと、皆帰ってくれた。


玄関の中で母がウロウロしていた。

父に、ありがとうと言いたかったが言わなかった。



あのあと、どんな会話をしたか覚えていない。

でも、仕事人間で厳しいばかりの父の株が

私の中で急上昇したのは確かだ。


7/17/2024, 2:26:54 PM