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※ポケモン剣盾二次創作 マクワとセキタンザン

歓声は鳴りやませない。目を見張るような祝福の波が、スタジアムに渦を巻いた。
切りそろえられた緑の芝の上に立ち、マクワは片手を振って応える。はるか昔、子供のころ一度だけ連れて行ってもらったオーケストラの指揮者がタクトを振る姿を思い出した。
鍛錬を重ね、奏者を束ねて奏でる音を一振りで操り、感情を思いのままに演奏させて波を打つ。
今ここにいるのは観衆の指揮者に違いなかった。委員長がキャスター付きの台の上に置かれていたトロフィーを持ち上げ、マクワに渡した。
ずっしりと重くて大きい、自分のゆがんだ顔が映る金属の曲線を受け取った。

「優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。皆さんのおかげです。これは……ファンの方に捧げます」

マクワがひとつ指を振れば、黄色い歓声が高まった。
今ここにいるのは、聴衆の指揮者に違いなかった。



トロフィーはすぐにガラスケースの中に閉じ込めた。今日の記者はやや口下手なのか何度も同じことを聞いてきたがマクワは難なくインタビューをこなした。少しでも時間は惜しいのだ、ここで手間取っているわけにはいかなかった。
それから優勝者には、テレビや雑誌、インターネットなど多数の記者が来ることが必ず決まっていた。中規模の大会で、リーグ公式のものであり興味のある人間は多い。
しかしここでもやたら同じことを何度も聞くインタビュアーが多く、マクワはつい顔をひそめそうになってしまった。こういう時にサングラスは役に立つのだった。
昼に終わった大会も、野暮用や片付けをしていればあっという間に夕方になってしまった。
勝てたからといってやることは変わらない。特に勝利の後だ、ファンの人たちも気持ちが昂っていることが多いのだ。ファンサービスとして必ず設けているミーティングは、今日も無事時間通りに開かれた。想定通り、今日の試合についてファンは嬉しそうに語ってくれる。
功労者であるポケモンの中でも、まだ幾分余裕がありそうなセキタンザンを連れ出して、実際にファンと触れ合えるように手はずを整えた。
ファンから今日のセキタンザンがよかったといわれたとき、セキタンザンについて、ついつい歯止めが利かないまま長々としゃべり続けていた。しゃべりすぎたことに気づいたときは、思わず咽ってしまったし、かっと顔に血が上ったのを感じていた。
生暖かい視線が主催を包んだファンミーティングの片づけを終えて、それからはいつも通りのトレーニングだった。マクワは自分のジムに戻り、トレーニングルームの扉を開けた。
ジムリーダーに就任してから、もう何度も繰り返し続けているルーティンだった。
人間とポケモンの筋トレ用の機材がずらりと立ち並び、籠る空気に乗って独特のゴムの香りが鼻を擽った。マットの上で軽くストレッチをして、まずは腕の筋力から全身満遍なく動かしてゆく。
錘の繋がったバーを掴み、胸を広げるように前に押し出す運動だ。
だがしかし、慣れたはずの錘がいつもよりも妙に重たい。軽快に繰り返せるはずの往復運動が、緩慢で、途方もない時間を要していた。
流石に疲労が溜まってしまったのだろうか。背中の上に見えない何かがのっかって、どんよりとしているように感じた。今日は早めに切り上げよう、そう考えたマクワは残りの普段のメニューの基礎トレーニングをサクッと終えると、これを最後にしようとウェイトトレーニングに手を伸ばした。
バーベルを担いでしゃがむ運動は、バク宙などのパフォーマンスに必要とされる下半身や、体幹を養うものだ。試合の時に必ずバク宙を成功させるためにも、絶対に欠かせない訓練だった。
左右の大きな丸い錘に橋を渡すように、金属の太い棒が伸びていて、いくつも支柱に掛けられている。マクワはそのうちの今一番重たい錘の棒を掴む。鋼の重さがぐうっと床から伸びていて、思わず傾きかけた。両方でバンギラスのくらいのものだ。もう何度も持ち上げたサイズだった。
そしてマットの敷かれた広いスペースに運んで床に置く。額からだらだらと流れる汗を片手で拭った。

「……ふう」

マクワが見下ろすと、曲がることのない棒が大きく弧を描いている。そういえば今日見たトロフィーも同じような曲線だった。ぼんやりとそんなことを思いながら、マクワは両手で再び棒を握りしめた。両手に負荷がかかるが、しっかりと足で床を踏みしめ力を入れる筋肉に意識を向けてゆく。
尻や腹筋がほのかに温かさを持ち、確かにこれを持ち上げるのだと伝えてゆく。

「ふ!」

喰いしばる歯と歯の間から小さく息が漏れる。腰の高さまで一気に持ち上げたかと思うと、今度は頭の方へと持ち上げる。
身体はきちんということを聞いていて、マクワは安堵したが、しかし何かが視界の端で揺らいでいる。一度目を瞑り、それを払うように開いた。
もう少し。もう少しだ。いつも通り。いつも通り。言い聞かせながら、もう一度全身に力を籠める。バーベルは一気に首の高さまで持ち上がった。汗が噴き出て滝のように止まらない。

「は……げほ、ごほ……ッ」

呼吸を整えて息を大きく吸い込んだ瞬間、喉にざらつくような違和感を覚えて、せき込んだ。あともうちょっと。
マクワはさらに筋肉の熱を高めると、頭の上にバーベルを持ち上げた。
その瞬間、視界がぐるりと傾いた。ふと熱が止まって、両肩の力が抜ける。バランスを崩したバーベルは、支えるものを失って、そのままマクワの頭上へと落ちていく。
ガツン!

マクワが目を開くと、青いマットが視界を覆いつくしていた。その端にある黒影は、よく見ると石炭の足だった。

「シュポオー」
「なに……セ……キタンザン……?」

視界を動かすのも重たくて、ぐるぐると回っているが、それでもその先をなんとか見上げた。
巡る世界の中で、バーベルを両手で持った相棒がどっしりと立っていた。ああそうか、自分は倒れたのだ。バディの名前をつぶやくことでようやく理解ができた。

「シュポォ」

セキタンザンの優しい目は、少しだけ愁いを帯びているように見えた。どうやらマクワ自身よりも、マクワの身体について理解していたらしい。ずっと心配をしていたのだと伝わってくる。

「……たしかに……ここのところずっと帰ってませんでした……。1か月くらい……? それにあんまり寝てなくて……ああ……体調悪かったんだ……」
「ポオ」
「フフ、だいじょうぶです。ぼくには……待っていてくれるひとたちがいますからね。……それにきみたちだって……きみのためなら……」

マクワはゆっくりとあおむけになった。青い目は、セキタンザンの背中にある赤い光をたっぷり映す水面に違いなかった。

「今日の……新しいファンのかた……ききましたか? 初めてきみの輝きに気が付いたって……ぼくたちが……結果を残すのは当然のことですけど……もっともっと見せていかなきゃ。
そしたら……みんないわポケモンがすごいって……きみをすごいって……」
「シュポォー」
「そうしたら……ここはどんな地獄だって……きっと天国です」

重たい口端が弧を描いた。だがすぐに噎せ返る声が静かなトレーニングルームに響き渡った。
セキタンザンは慣れた様子でバーベルをもとの位置に戻すと、マクワの頭に顔を寄せた。柔らかい埃のような石炭の香りが、今は濃厚に頭を揺らす泥のような臭いだった。
それから動けないマクワを引っ張り、抱き上げた。そしてなるべく静かに高らかな声を上げる。

「シュ ポォー!」
「……うん。ありがと……」

ささやかな温かい抗議の中で、肉の身体を預けるのだった。

5/27/2023, 5:26:24 PM