『タイミング』
最悪のタイミングで、模試の結果が出た。
私が通う予備校では、模試で高成績を収めた上位二十名までの名前がエントランスに張り出される。
私の名前はそこにはなかった。上位に入るのは大概、近くの有名進学校に通う人たちばかりで、私のような公立校の生徒が入り込む隙間はほとんどない。
上位者の名前を一つ一つ確認する。昨年の冬まで一位の座を独占していた男子の名前が圏外に消えているのを、私は少しだけ安堵した気分で眺めた。
あの男子は内堀陽久という名前だった。特に発言することもなく黙々と授業に集中していた、地味でどこか陰のある後ろ姿が、同級生の野木真美子と重なり、私は彼の姿を見るたびに苛々していた。
いけ好かない奴。何があったか知らないけれど、脱落してくれて清々した。
私は上位者の張り紙をもう一度ざらりと眺め、踵を返して講義室へ向かった。
「千砂。模試の順位、どうだった?」
友人の香織が、嫌なタイミングで声をかけてくる。知ってるくせに。舌打ちしたくなるのを抑え、私は作り物の笑みを向ける。
「まあまあかな。上位には入れなかったけど」
香織はマイペースな性格だ。自分のタイミングで、相手の気持ちも考えずにものを言う所が、こんな日は特に癇に障る。
「そうそう。去年まで万年一位だった内堀くんのことなんだけど」
突然、嫌な話題を振られ、私は何も飲んでいないのにむせ返った。
「何で急にあの男の話を?」
「いやぁ、彼の近況を知りたくないかなって思ったからさ」
目を白黒させている私を軽く見やると、香織はこちらが知りたいとも言っていないのに、勝手に話し始めた。
「あたし、学校の友達から聞いたんだけど。内堀くんの妹さんが、引きこもりの末に精神病院に入院しちゃったらしくてさ。内堀くん、予備校どころじゃなくなって、今は学校と妹さんの病院を行き来してるらしいよ。四月の終わり頃だったか、見かけた子がいるんだけど、内堀くんは泣き腫らした顔で街を歩いてたって」
少しだけ、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
同時に、能天気な顔で話を続ける香織のことを憎らしいと思った。内堀と同じ有名進学校に通い、今回の模試でも五位に入っていた香織のことを。
後ろから、同じ学校の尾崎が唐突に背中をつついた。
「高山。何で固まってんの? 下痢でもした?」
こいつも最低なタイミングで下品な話をする、嫌な奴だ。私は振り返り、尾崎を睨んだ。
「人間ってものがわからなくなる時が、私にだってあるんだよ」
何だかわからないが、今日は最悪な日だ。絶妙なタイミングで、ひどく嫌なことが起きる。
7/29/2025, 12:12:11 PM