学校が終わって、僕はいつもの土手にたどり着くと、道路の脇に自転車を停めて身体を投げ出した。
時計はみていないが、時間は18時を少し過ぎたところだろうか。
緩やかな坂の上に寝っ転がっていると、僅かな風に吹かれた雲が視界をゆっくり右へ流れていく。
夕焼けというよりはもう少し暗い。もうまもなく夜になるので帰らなくてはならないのだが、僕はここで日が暮れるまでこうして時間を潰すのが好きだ。
身体を起こす。目はいい方だが、少し遠くを歩いている人の顔は判別できない程度には暗い。犬を二匹連れた女性がやや引きずられるようにしながら川向こうを散歩していた。
ガサガサ。
ふと、物音がした。いや、外なので色々な音がして当然なのだが、その音は異質で、僕の耳に突き刺さった。
音は橋の下、橋と土手の隙間から聞こえた。橋の下より隙間の狭いそこは今の時間、先に訪れた夜のようだ。草を掻き分けるその音は、だんだん大きくなっていく。
犬ではない。不規則なその音は明らかに意思を持っている様子だ。恐らく人間だろう。こんな時間にずっとあの隙間にいたのか。僕は今より少し明るいときにその隙間を確認していなかったことを後悔した。
この付近は決して治安の悪い場所ではない。そしていつものように訪れる公共の場所だ。誰がどこにいようと構わない場所でわざわざ隈無く警戒なんてするやつはスパイにでもなればいいんだ。
ともかく周囲の警戒を怠っていたせいで、今不気味な物音に脅かされている。
少し坂を登れば自転車がある。鍵を外してチェーンをとって。ああ、こんなことを考えている暇があったら早く立ち上がらないと!
物音は更に大きくなっていく。
橋の下の暗闇から僕までは10メートルもない。なのに草むらをこちらへと進んでくる何者かの姿は一切見えないのだ。
「ーーっ」
手だ。か細い白い手が草を掻き分けて飛び出す。この辺りを縄張りとしている浮浪者だろうか。いずれにしても関わって良いことは無さそうだ。
僕は自分でも記録的な俊敏さで自転車に戻ると鍵を開け、チェーンを外して自転車に飛び乗った。草むらから少し頭が出てきたがこの暗さのせいで、顔は見えない。恐らく相手からも僕の顔は見えないはずだ。
ペダルに力をいれるとすぐに自動感知型のライトが点灯する。もう一こぎ。自転車が軌道にのり始める。
僕は後ろを振り返ることなく土手を後にした。
10/1/2023, 9:22:36 PM