頭の中に街を飼っている。いつからそうなのかわからないが、気がついたらそこに在ったのだ。
私はその街をシーイングシティと名付けた。シーイングシティの住人たちは毎日忙しなく生活しており、現実と同様に事件も後を絶たなかった。
「うるさいなあ……!」
頭の中でどんどんと頭痛のように響く音に眠りを妨げられ、イライラしながら頭を振る。思考のスイッチを切り替えてシーイングシティをその名の通り覗き見ると、いつの間にか街一番の大通りから広場に渡ってお祭り騒ぎになっている。
昨夜はそんな様子はなかったはずだと眉を顰めながら、監視カメラの要領で街の様子を切り替えていく。こういった企画を立ち上げるのは、おおよそ領主だとあたりをつけて領主の屋敷を覗き見る。シーイングシティを覗き見るときばかりは、しばしば自分が神になったような気持ちになる。
「今日は大切な日なのになぜ曇っているんだ」
「いい日に当てたと言っていただろう!?」
「いや……そのはずなんですが」
ワインレッドを基調とした応接間で、領主が複数の住民に詰め寄られている。
男たちの剣幕に押され、領主は立派に出た腹を摩りながら困ったと眉を下げた。
「記念日だったんだろう。テンの」
「ええ、間違いなくテンにとっていい日のはずなんです」
机に広げられたカレンダーで領主が示した日付には見覚えがある。今日ではないか……? とつぜん、現実世界と時間がリンクしている可能性を示唆されて、目の前がチカチカと光った気がした。
「なら、なぜ祝いの日に曇り空なんだ」
「せっかくテンの祭りを計画したのによ。これじゃあ台無しじゃないか」
顎髭の男が苛立ちを隠そうともせずに腕を組んで指を叩く。
「毎年、この日はカラッとした晴れだったんだろう。なのになぜ急に」
「記録が間違ってたんじゃねえのか?」
「何を言うか! 十五年も続けてきた記録に嘘などあるものか!」
胡乱げな視線を一身に受けて、領主がキャンキャンと吠え立てる。その姿がでっかいポメラニアンのように見えるのは、彼の髪が白くてふわふわと広がっているからだろうか。
「テンに直接聞くことは叶わないが、テンはこの日を大切に思っているはずなのだ」
「確か……虹が出るのもこの頃だったか?」
「そうだそうだ! 去年は二重に架かっていた」
そう言われてみればと照らし合わせたようにして、あれこれと天気の話を始める彼らを見て、顔が熱を帯びていくのを感じた。
「少し晴れ間が出てきたか?」
「本当だ。テンにいいことが起こったか!?」
沸き立つ彼らとは裏腹に、穴に埋まりたい気持ちを抱えながら頭のスイッチを切り替えた。
「あー……うそでしょ、かんべんして」
枕に顔を埋めて唸る。彼らがテンと呼ぶのは、おそらく私のことだ。
──虹が架ったという一年前は、生まれてはじめてプロポーズを受けた日だった。こんなに幸せでいいのかと舞い上がったことを覚えている。
それなのに今日晴れやかでないのは、パートナーと喧嘩したからだ。日付を跨ぐ前に出てったきりの相手の姿が焼きついて離れない。
「なーに、まだ泣いてたの」
「泣いてない……」
「ほんとだ」
寝室にとつぜん現れたパートナーに思わず溢れかけた涙が引っ込む。いつ帰ってきたのだろうか。
情けなくすすった私の赤い鼻の笑って、他愛のない喧嘩を「ごめんね」と終わらせて「仲直りしてくれる?」と囁く。その包み込むような温もりにまた泣きそうになった。
「私こそごめん……」
「うん。じゃあ今から誕生日のやり直ししよう」
ケーキ買ってきたと手を引く相手に敵わないと思いながらも、私の心が晴れていくのを感じた。
「やっぱり今日は天のいい日だ! 祝うぞ!!」
また頭の中ががやがやとうるさくなったが、今度は不快な気持ちは微塵も感じられなかった。
今日のシーイングシティの天気は、曇りのち晴れ。
【今日の心模様】
4/24/2023, 9:26:31 AM