テーマ『泣かないよ』
中学校からの帰り道。アカリが公園のそばを通りかかると、弟のコウタが一人、ベンチでうつ向いているのが見えた。
秋の夕暮れが空を茜色に染める。アカリの着ている白いセーラー服が、夕日の赤と混じってピンク色に変わっている。
「コウタ、どうしたの」
声をかけると、彼は浮かない表情で私の方を見た。
頬と膝を擦りむいて、Tシャツの首元がよれている。喧嘩をしたんじゃないかと少し心配になったが、コウタからの返答は
「なんでもない」の一言だった。
ベンチから立ち上がり、家の方へ歩きはじめる彼を、アカリは後ろから追いかけていく。
「膝の傷、痛くない?」
「別に」
そっけない態度を取るコウタに、アカリは何か、言いたくないことがあるのかもしれないと思った。
「傷口からバイ菌が入るから、家に帰ったら消毒しないとね」
ひとまず、怪我の心配をしていることだけ伝えると、コウタは急に立ち止まった。
「……喧嘩した」
ぼそりと、小さい声が聞こえた。
その後は何も言わなかったので、アカリはただ黙ってコウタの小さな肩を見た。小刻みに震えて、何かをこらえている様子だ。
「辛い時は、泣いたっていいんだよ」
もちろん、弟を気遣っての言葉だった。しかし彼はムスッとした顔で「泣かないよ」と首を振る。
何で、と尋ねると、コウタはうつむき加減でぼそぼそと話しはじめた。
「泣いちゃったらさ、相手の顔が見えないじゃん。そいつがなんでバカとか言ったのか、ちゃんと見てたいんだ」
そうか。弟は誰かにバカって言われたのか。本音では悲しいし、悔しかっただろうに。それでもコウタは、相手のことを知ろうとするんだね。
小学校高学年にあがったばかりだというのに、姉の目には、弟の背中がやけに大きく見えた。
「そっか。コウタは強いね」
照れたのか指先でぽりぽりと頭を掻いて、彼は小走りに先へ行ってしまう。
顔が見えないくらい離れた向こう側で、彼が服の袖でこっそり目元を拭うのが見えた。
泣いて彼の耳が赤く染まっているのを、私は夕焼けに染まる秋空のせいにした。
3/17/2023, 1:35:57 PM