駒月

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 彼女にとって大切なものとは──。

「あら、帰ってきてたの?」
 仕事が終わったから診療所へ顔を出してみれば、案の定彼女はまだ仕事中。嬉しそうに、しかし患者の世話で忙しいのか顔をこちらに向けてくるだけ。数日ぶりの再会なのだ、もう少し喜んでくれてもいいものを。

 暇を持て余した結果、柱に背を預け彼女の仕事ぶりを眺める。
 患者の男の手を握り、「早く良くなりますように」と祈る彼女を見た瞬間、胸がちりちりと焦げついた。
 男は嬉しそうに鼻の下を伸ばしているではないか……彼女は私の女だというのに!
 殺気が漏れ出ていたのか、彼女は私の方を見て驚いた顔をした。嫉妬の炎はおさまらず、私は彼女の手を引き、薬を調合する部屋へと半ば強引に連れ込む。
「ちょ、ちょっと!一体どうしたっていうのよ?あなた、凄く怖い顔──」
 言葉を遮り唇を重ねた。とても乱暴に、舌を絡め息継ぎの間すら与えないように。彼女が私に溺れるように。

 気づくと、私は彼女の膝枕で頭を撫でられていた。
「ん……私は一体……」
「お疲れなんじゃないかしら?途中で倒れてしまったわよ」
 息継ぎをするのを忘れて自分が倒れてしまったことに気づく。なんたる不覚。
「ねぇ、あなた……あんなに激しく求めてくるなんて、何かあったの?」
 言葉に詰まる。
 彼女は医師だ。患者の面倒をみるのは当然の務めであって、手を握ったのは単純に労りと優しさだというのに……いい歳した大人の男がガキっぽく妬いてしまっただなんて。気恥ずかしくてとても言えない。
「まぁ、言いたくないのならそれでいいわ。医師の私は仕事に誇りを持っているから、一番なんて決められないけど……」
 ちらり、上からの視線に気づき見上げると彼女は頬を染めていた。
「女としての私は……あなた以外を選ぶなんてありえないわ。絶対離さないから、覚悟してね?」
 嫉妬も恥ずかしさも何もかも、吹っ飛ばす彼女の決意……ああ、今夜は眠れそうにないな?




【大切なもの】

4/2/2024, 11:01:24 AM