入木

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遠ざかる音を聞いていた。
銀杏の枯葉を踏む音を
思わず伸ばした手は、
彼女の細い腕を掴んだ。
容易く折れてしまいそうな、
皮と骨だけの掴まれた腕を彼女は上げて、
「これは何のつもり?」
と酷く不快そうな顔で私に言った。
理由など無かった、
ただ、伸ばさなければ、
ただ、掴まなければ、
ここに踏みとどまらせなければ、
二度とは会えない気がして、
咄嗟に手を伸ばした。
繋ぎ止めるように、縛るように。
「ふざけないで」
端正な、青白い顔を顰めさせて、
「私は私の物よ、他の誰でもない、
ただ私だけのもの」
怒りに満ちた声はそれでもか細く、
体の弱りを露呈して、
「どうするかは私が決める、
私だけの意思で、私だけの理由で、
私だけの価値で、私だけの行動で」
それでも、それは強さに満ちて。
私の楔など引き千切る程度には。
「私は私だけの為に生きるの、
だから散り方も私が決める」
放たれた彼女は枯葉を踏んで、去っていく。
楽しげに不安定なダンスの様に。
「始まりは選べなかった、育ちは選べなかった、
習い事も、趣味も、勉強も、友達も、恋人も」
くるりと振り向いて彼女は、
「でも、最後だけは私のものだ」
せいせいとした顔で笑った。

#キンモクセイ

11/4/2025, 2:25:49 PM