沁み圖書房

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秋晴れ

私は夏が大好きだ。
朝から肌を焦がす太陽の熱、外に出た瞬間から体温と空気の境界が無くなり溶けていく感覚。海や、水や、青色が恋しく、白いワンピースが流行る季節。
強い日差しは植物の輪郭をくっきりさせる。

桜を愛でる時間が過ぎ去り、上着一枚必要だった空気の冷たさも、徐々に湿気を含みながら雨とともに眩しい夏を連れてくる。
ただ、夏はあっという間に訪れて、気づいた時には過ぎ去ってしまうのだ。

スイカを食べ、暑さにうだり、蝉の声とともに目覚め、夏野菜を楽しむと、たった1ヶ月で命の母である雄大な海は、人が足を踏み入れられない姿に変わる。
そうして私は、恋い焦がれた夏の訪れと、過ぎ去る姿を横目に汗を流し、あっという間に終わった夏に気づいた。

大気が荒れ狂う9月、昨年は肌寒さを感じたが、今年はまだまだ夏が影から顔を出していた。
半袖で街中を歩く人が多く、私も例外ではなく、その群れの中に交ざっていた。
世間では秋をうたい、温かい食べ物が巷に溢れる。
焼き芋の香りはお腹が空いていなくても、つい手に取ってしまう魔法の匂いだなといつも思う。

昼間は、熱を孕んだコンクリートが湯だって見える。残暑にも関わらず、犬の散歩へ行くにはまだ早い。
夜は、暑さが風で冷えて、ぬるく沸かしたお風呂にゆっくり浸かっているようで心地よい。

この、夏と秋の堺が曖昧な夜に散歩をすると、自分が唐突に物語を語り始める主人公になったような気分になる。
日常と違った不思議な事が起こるかもしれない、わくわくした子供のような気持ちで歩を進める。
カナカナと鳴くひぐらしが、どこか寂しさを感じさせた。

夏はまだ終わっていないと言わんばかりに、僅かな力を振り絞り、木々の隙間から日を照らしていたが、9月も終わりに近づくにつれ、空の色が変わっていった。
強く濃く青くあった空は、からっと薄く、対称的だった白と混ざりあっている。

焼き芋の匂い、温かな鍋特集記事が並ぶ雑誌コーナー、酸素を多く含んだ空気の匂いで、やっと秋が来たのだと感じる。
季節が変わったから私もリセットしようと胸にしまった決意を、後ろから秋がそっと背中を押してくれた。

犬を連れた人が増え、深呼吸すると涼しい空気が肺に入る。
空気の匂いを感じ、木々は黄色く葉を枯らし、秋を受け入れ始めたのだった。


10/18/2023, 6:18:51 PM