後輩と二人、営業回りの途中で街外れの定食屋に入る。
席に着くと、頭上のテレビではバラエティ番組が流れていた。無人島生活をするタレントたちが、木の棒で火を起こそうと奮闘している。
食券を買い終わった後輩が、席に着きながら言う。
「僕ならもっと効率よくやるけどなぁ」
また始まった。
「大学時代しょっちゅう山に行ってたんで、僕、ああいうの得意なんです」
もう何度目かの自慢話。彼は大学の登山サークル出身らしく、事あるごとにその時の経験を自慢気に披露する。
「へぇ、そりゃ頼もしいな」
俺は社交辞令で返す。だが内心では、鼻につくやつだと思っていた。
俺は三十歳、彼は二十四歳。
仕事では俺が先輩だが、学歴も顔もスタイルも、どれをとっても俺より勝っている。
高身長に爽やかな笑顔、女性社員からの人気も高い。もし彼が同期だったら、俺はきっと今以上に嫉妬に狂っていただろう。
「先輩は、ああいうの苦手そうですよね」
味噌汁をすすりながら。彼が屈託のない笑顔で言う。
「火ぐらい、俺でも起こせるよ」
意地を張ってそんなことを言ってみるが、実際にはあんな風に火を起こしたことはないし、キャンプレベルの火起こしですら自信がない。
「え、ほんとですか? 意外と難しいんすよ」
完全にバカにされている。
「先輩、もし無人島行くなら、僕みたいなの連れて行った方がいいですよ」
あまりに堂々とした言い方に、思わず吹き出しそうになる。
「は、何その自信」
「僕、こう見えて結構体力あるし、だいぶ役に立つと思うんすよ」
「俺、そんなに何もできないように見えるか?」
少し冷たく笑って返すと、彼は目を丸くして手を振った。
「あっ、いや、そう言うんじゃなくて……」
そして、素直な視線をこちらに見せる。
「僕は、先輩のためなら、何でもできますから」
胸の奥で何かがトクンと波打った。
その言葉があくまで社交辞令の延長にあることくらい、分かっている。けれど、なんだろう、この気持ちは。
「……お前なぁ」
説明できない感情を振り払うように出た笑いは乾いていた。
「早く食べちゃえよ。次の商談あるんだから」
俺の空になった食器と対照的に、後輩の皿にはトンカツがまだ三切れほど残っていた。
「先輩、食べるのマジで早いですよね」
「時間配分は営業の基本だぞ」
「勉強になります」
後輩がトンカツ一切れに白飯を頬張る。その姿が愛らしく見えた。
テレビでは、タレントがお助けアイテムとやらを使って火を起こし歓声を上げている。
その姿を見てふと考える。もし本当にひとりで無人島に取り残されたら、俺は生き延びられる自信はない。でも、もしこいつがそばにいたら、俺は自分を強く持てるような気もする。
彼は自分に対して正直でいるだけだ。そんな彼の姿に劣等感を感じてしまうのは、自信のなさからか。彼の明るさと無邪気な自信を前に、改めて自分を見つめ直す。
「ごちそうさま」
食堂のおばちゃんに声をかけて外に出る。
昼の陽射しが少し傾き、街の空気が眩しい。
後輩が、軽くストレッチをしながら言う。
「さぁ、午後もいっちょ頑張りますか」
俺がランチ終わりに口癖のように言っている言葉だった。
「おい、俺の台詞とっただろ」
「言ってみたかったんです」
そう言って笑っている彼の顔を見て、俺も思わず吹き出す。
店の窓ガラスを鏡がわりにネクタイと髪型を整える。
「次の商談、商品の説明はお前に任せるから」
「うわぁ、マジで緊張する……。でもずっと先輩見てきたんで、やれると思います」
自慢話ばかりで、どこか生意気だけど、こういうところは真っ直ぐで愛おしい。
「いっちょ頑張りますか」
「はい、先輩!」
言ってみれば人生は毎日がサバイバルだ。そんな時に必要なのは、道具でも知恵でもなくて、結局自分への自信とそれを確かにしてくれる存在なんだろう。
そんなことを考えながら、後輩と二人、昼下がりの街に足を進めていく。
#無人島に行くならば
10/23/2025, 4:55:08 PM