82『8月31日、午後5時』『夏の忘れものを探しに』『ページをめくる』
8月31日午後5時、私は頭を抱えていた。
夏休みの終わりが近づく中、私は目の前の日記帳の事で頭を抱えていた。
他の宿題はすでに終わっていて、日記だけが問題であった。
別に日記をつけてないから困ってるわけじゃない。
他の宿題と同じく、きちんとやっている。
普段から日記を書いているから全然苦にならないのだ。
じゃあ何が問題かと言うと、日記帳の中身――過去の自分が書いた内容が私を悩ませている。
何か解決策が思いつかないかと日記帳を読み返すが、その度に過去の自分に腹が立つ。
書いてるときは何も思わなかったけれど、今読めば問題ばかり。
これを提出することは、どうしても出来なかった。
書き直すにしても、全ページに書き直した跡があると、なにか勘繰られるかもしれない。
どうにかしないといけないとは思うけれど、何も思い浮かばず時間は過ぎていくばかり。
私は焦りを覚え始めていた。
そして再び日記帳に視線が向く。
もう一度読んだら何か思いつくだろうか?
何度も読み返したから望みは薄いけれど、それ以外に方法は無い。
私は一縷の望みを胸に、私は震える手でページをめくるのだった。
📖
隣の家のケンタから遊びに誘われた。
宿題したかったけど、夏休み初日なので一緒に遊ぶ事にした。
ケンタが帰った後、宿題をした。
7月19日(晴)
◇
ケンタが遊びに来た。
来るときにカブトムシを捕まえたと言って、部屋にもって来た。
虫かごに入れていたけど、カブトムシが脱走して部屋中を飛び回って、大騒ぎだった。
ケンタが帰った後、宿題をした。
7月20日(曇)
◇
ケンタが遊びに来た。
今日は雨だったので、外に出ずに部屋でゲームをして遊んだ。
知らないゲームだったけど、なかなか楽しかった。
ケンタが帰った後で、宿題をした。
7月21日(雨)
◇
ケンタとプールに行った。
私は泳ぐのが下手なので、ケンタに泳ぎを教わった。
少しだけ長く潜れるようになった。
帰った後で宿題をしようと思ったけど、疲れてそのまま寝てしまった。
7月22日(曇)
◇
ケンタが遊びに来なかった。
昨日のプールの疲れが出て熱が出たと、ケンタのお母さんから聞いた。
ケンタが来ないから朝から宿題をしてたけど、あまり進まなかった。
7月23日(晴)
◇
ケンタとお祭りに行った。
遠かったので、ケンタのお父さんの車に乗せてもらった。
ケンタはまだ体調が悪そうだったけど、お祭り会場に着くといきなり元気になった。
食べ物がおいしくて、花火が綺麗だった。
この日は宿題するのを忘れた。
7月24日(晴)
◇
家族と映画を見に行った。
『夏の忘れ物を探しに』という映画で、面白いと聞いたので、親に頼んで連れていってもらった。
ケンタは興味なさそうだったので、私たち家族だけで行った。
とても面白かった。
7月25日(晴)
◇
ケンタが遊びに来た(以下略)
7月26日(曇)
◇
ケンタの家に遊びに行った(以下略)
7月27日(晴)
◇
(略)
◇
ケンタが遊びに来た(略)
8月30日(晴)
📖
「ああああああああ」
私は思わず叫ぶ。
ケンタ、ケンタ、ケンタ、ケンタ!
日記帳のどのページを見ても、ケンタの事ばかり。
ケンタ以外にも夏休みの思い出がたくさんあるのに、どうしてこんなことに。
これじゃまるで――
ケ ン タ と 付 き 合 っ て い る み た い じ ゃ な い か !
夏休み中、ケンタと遊ばない日はほとんど無かった。
だから日記がケンタで埋め尽くされるのはしかたがないけれど、それでも限度がある。
ケンタは、たまたま隣の家に住むただの幼馴染である。
なのに、なぜ家族以上に一緒にいるのか。
意味が分からない。
この日記帳を読んだ先生は、きっと私たちが付き合っていると勘違いするだろう。
先生は節度ある大人なので言いふらす事は無いだろうが、どこから情報が洩れるか分からない。
読まれないならそれに越したことは無い。
だから何とか誤魔化す方法を考えているのだけど、何もいい解決策が思い浮かばない。
こうなっては、日記帳は失くしたことにするしかないのか?
きっと先生は怒るだろう。
憂鬱な気持ちで落ち込んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
「おいっす、いるか?」
ケンタだった。
私はとっさに日記帳を引き出しに隠す。
「ケンタ、どうしたの?」
「普通に遊びに来たんだよ」
「普通に遊びに来たって……
宿題はどうしたの?
やってないのがおばさんにバレて怒られたんでしょ?」
「そうだった!
宿題をしに来たんだ」
そして土下座の体勢に移行するケンタ。
「一生のお願いです。
宿題写させてください」
毎年恒例のお願いに、私は呆れて物が言えなかった。
「またなの?
一緒にやろうっていったのに、大丈夫って言ったのはケンタじゃん」
「申し訳ございません。
これが最後のお願いです。
どうかご慈悲を」
「それ去年も聞いたんだけど……
はあ、私は手伝わないからね」
「助かる。
お前はホント、いい友達だよ」
ケンタの言葉に胸が痛む。
別にケンタとは何でもないのに、なぜこんなに動揺するのだろう。
私が一人で勝手に落ち込んでいると、ケンタが声を上げた。
「あれ、日記はどうしたんだ?」
「……日記も書いてないの?」
「日記に関しては結構書いているんだけどな。
でも書いてない場所が多くて、じゃあいつも一緒に遊んだお前の日記参考にしようと思ってさ。
それで日記帳はどうしたんだ?」
「……失くした」
思わず嘘をつくと、ケンタは驚いたように目を見開いた。
「先生に怒られるぞ!
どうすんだよ」
「今考え中」
「あー、今からじゃ、何も出来ないよな……
……そうだ」
ケンタは、私に日記帳を差し出してきた。
「これ使えよ。
俺が書いている所を消して書き直せばまだ使えるはずだ」
「え、ケンタはどうするの……」
「良いんだよ。
どうせ宿題終わらないから、先生に怒られるのは決まってるんだ。
怒られる理由が一つ増えるくらい、どうってことない」
「……ありがとう」
「良いって事よ。
宿題写させてもらうんだし、そのお礼って事で」
「安いお礼だなあ」
私は呆れたように笑うが、内面では心の底から安堵していた。
これで日記を出せば、先生から怒られることはないだろう。
ケンタに感謝である。
そして私は日記帳を受け取ろうと手を伸ばしたが、
「あっ」
けれどケンタは日記帳をひっこめた。
ここに来てイタズラ!?
なんて空気を読まないヤツなんだ。
私がケンタを抗議の目線を送ると、ケンタはバツが悪そうな顔をした。
「ごめん、やっぱ無しでいい?」
「ええ!?
くれるって言ったじゃんか」
「悪いんだけど、日記帳失くしちゃって……」
「へ?」
私はケンタの手にある冊子を見る。
それは間違いなく日記帳。
失くしてなんかいない。
「日記帳そこにあるけど?」
「これは違くて、その……」
ケンタの目線が泳ぎ出す。
なんだか様子がおかしいがなにかあったのだろうか……
首を傾げていると、ケンタは急に身を翻した。
「そういう事で!
借りた宿題は明日返すから!」
「待って!」
「お礼は別の形で!」
そう言ってケンタは部屋から飛び出していった。
「いったい何だったんだ……」
嵐の様にやって来て、嵐のように去って行ったケンタに、私は呆然するしかなかったのだった。
📖
始業式の日。
私たちは宿題を忘れたことで、先生に怒られていた。
と言っても日記だけ提出しなかった私と、ほとんど宿題をしていなかったケンタとは、全然違う怒られ方だったが。
それはともかく、ケンタは日記帳を提出しなかった。
少しは書いていたらしいので見せても問題ないと思うのだが、なぜか『失くした』の一点張り。
後でそのことをケンタに聞いても、あいまいな返事をするばかりで何も教えてくれなかった。
風邪でもひいたのか顔も赤く調子も悪そうなので、それ以上は聞かなかった。
後日、落ち着いた頃にじっくりと話を聞きたいと思う。
9月1日(晴)
9/7/2025, 12:31:30 PM