『いつかの空』
5階の窓から見える東の空は
とても、とても 美しかった
3日のはずの検査入院は延長になり、
耳慣れない病名を告げられた
今の状態で、帰宅するのは
体には負担で、とても心配だということ。
将来のことも考えて、
もっと専門的な大学病院で、
充実した治療を受けた方がいいから
転院先との調整が取れるまでは、
入院した方がいいとの、医師の判断だった。
手のひらで、世界と、いとも簡単に繋がれる
便利な文明の利器は
私に、初めて聞く病の説明と同時に
大きな不安も与えてくれた
突然、近親者のような顔をして
私に寄り添ってきた骸骨の世界
私も、負けじと骸骨の振りをしてみる
でも、だめだ
やっぱりまだ、そっちには
行きたくなんかない
徐々にわかってきたことは、
30年前は、助からなかったことも多いという
その病は
今は、薬で予後が、見違えるほど
変わってきているということ
おそらく命に別状はない
だけれども、
今までと同じ人生の、その延長線は歩めない
まだ、私は受け入れられずにいた
というよりも、まだどこか“ヒトゴト”だった
突然、舞台の照明は消え、
あたりは闇に包まれる
そして、スポットライトに当たる私だけが
闇の中に浮かび上がる
私は、さながら悲劇の“ヒロイン”のようだった
と同時に、悲劇のヒロインぶる自分が
惨めだった
今までの生活が、苦しく虚しい現実に対して
なんとかしなければという思いと、
どうすることもできないという諦めにも似た鬱屈した思いに、潰され、
引きちぎられていた世界から
突然、我が身を引き剥がされたところだった
悲劇なのか、幸福なのか
どちらなんだろう
ぼんやりと、そんなことを考えていた
私は、不幸なのか、幸福者なのか
そんな命題が、
頭の中の一部を奪い取った
目からつたう なまあたたかな滴りを感じた
私は混乱している
私の心のはずなのに、
その私がまったく理解できていない
そんな時に、私を力強く
生命に直接、語りかけるように
励ましてきたのが
5階の窓から見える、東の空だった。
朝の5時になるちょっと前くらいから、
闇の中に淡い黄色や紫や橙が滲み出し、
徐々に広がっていくその景色は
まるで光のサーカス
入院していなかったら、
絶対に見れなかった風景
自然の美しさと厳粛さと、
偶然と必然とが溶け合っていて、
自然とまた、目から温かいものが
溢れてきた
儚い生命を ふと感じ、
生命の必然に ハッとして、
厳しき定めに ため息を漏らし、
そしてまた、生命の偶然に感謝があふれた
厳しさと美しさも
偶然と必然も
表裏一体のようだった
だとするならば、きっと 生と死も。。。
5階の窓から見える東の、いつかの空は
私に いのちについての授業をしてくれる
マンツーマンの先生みたいだった
とても、丁寧に、わかりやすく
私の心が置いてけぼりを喰わぬよう、
無駄に傷付かぬよう、
寄り添うようにおしえてくれた
手のひらの文明の器には、
あの、いつかの空の写真が
お守りのように納まっている
いのちの授業を
忘れないように
いつでも、また思い出せるように
10/1/2022, 10:11:18 PM