イオリ

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鐘の音

 苦しい、もうだめだ、と全身が悲鳴を上げている。

 自分は1流ではない。意図せずたまたま、この位置にいるだけ。どうせこれが終わったら、退部届を出すつもりだ。そんな自分が、トップクラスの連中によくここまでついてこれた。もう十分だ。

 力を抜こう。限界。よくやったよ。

 
 ラスト1周。

 激しく鐘の音が響く。それに呼応して競技場の声援が何倍にも膨れ上がる。トラックの温度も一気に上がった。

 ちょっと待ってくれ。何だよこれ。こんなふうにされたら。

 まだ諦めるわけにはいかないじゃないか。

 腕を大きく振る。ストライドも大きくなる。つま先に向かって再び血流が流れ出すのを感じた。

 勝てるとは思わない。でも……。

 まだ走れる。

 そう思った最後の1周。自分の知らない自分の走りに出会えた。


 その日の夜。

 湯船に浸かりながら、今日のレースを思い出す。

 順位はたいしたことない。予想通り。でもそんなことはどうでも良かった。

 鐘が鳴ってからのあの感覚。あんなのを味わったら……。

 やめられないなあ、もう。

 
 部屋に戻る。

 髪も乾かさずにカバンを開け、退部届をちぎって捨てた。


 

 

8/5/2024, 10:24:58 PM