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 日曜の朝刊に挟まって今日の特売を宣伝するのが仕事の俺は、役目を終えればクーポンのところだけ切り取られて再生紙に回される運命だった。はずなんだが、ご子息の手によってあれよあれよという間に改造されて、いつの間にか彼のお気に入りの一機に姿を変えていた。彼は中々ベテランのエンジニアらしく、ジェット機を思わせる細身の機体はシンプルだが無駄なく正確に設計されている。翼にはカミナリの意匠が施されて、自分でいうのも何だが中々イケているではないか。
 早速お披露目のためにご子息と一緒に公園へ向かう。空は快晴、少し強めの南風が心地いい。絶好のフライト日和だ。芝生の真ん中に立ったご子息が俺を構える。テイクオフ。
 正確なタイミングとスピードで打ち出されて、俺は南風に乗ってすいすい進む。飛ぶのはのは思った以上に気持ちがいい。毎秒近づく青空の眩しさに下を向けば、こちらを見上げるご子息と茂る芝生の緑がこれまた鮮やかに目に映った。
「こんにちは」
 声が聞こえた気がして頭上を見上げると、はるか上空に巨大な旅客機がひとつ。
「素敵なボディ!今日はどこまで?」
 声の正体は彼女らしかった。俺は彼女のエンジン音に負けないように声を張り上げる。
「分からない。行ける所まで」
「そうなの。私は海を越えたもうちょっと先まで。また会えるといいね!」
 会話はそれきりだった。ぐっと彼女の機体が上昇して軌道を変えたと思ったら、あっという間に見えなくなった。同時に俺の身体を支えていた風が止む。彼女のようにエンジンを持たない俺は緩やかに大地へと落ちていく。
「やった。すごい飛んだ」
 芝生に降り立った俺をご子息が喜んで抱えあげる。俺も一緒に嬉しい気持ちになるけれども、頭の半分くらいでは今さっきの出会いのことを考えていた。また会えるといい。願わくばもっと長く、もっと彼女に近いところで話ができたら。あるかもしれないそのときのため、また離陸準備に入ったご子息とともに二度目のフライトの態勢を整えた。

(風に身をまかせ)

5/14/2024, 5:14:43 PM