一コマ空きを挟んでから、必修のゼミ。
急遽の休講だったせいで、特にやることも思い付かない私は、大学内のコンビニで甘いお菓子を買って、重い足を動かし一足先にゼミの教室へ向かっていた。
授業をよく受ける大規模な教室が多い第一棟から少し離れた特別棟、こじんまりした部屋がいくつか並ぶ3階の一番奥。そこが毎回必修ゼミの教室だ。
早めに到着している同志がいないか期待していたが、扉を開けた先は、ガランと静まり返っていた。
「…ちぇ」
せっかく暇潰しができると思ったのに。
別に席が指定されているわけではないが、毎回使っている私の固定席に座りながらスマホを取り出そうとうつむくと、机の中になにか入っているのに気付く。
「あれ?」
今年この教室を使っているのはこのゼミだけのはず。
そしてこの席は私の席といっても過言ではない。
ということは…私の忘れ物?
引き出しから見えた影を取り出すと、それは日記帳だった。
上品さが香る濃い赤色のベロア生地に、「Diary」と金色の刺繍が施されている左綴じの日記帳。
私の日記帳だ。
なんとなく見返してみようか、とさっき買ったお菓子の袋を開けながら、パラパラと捲る。
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○月□日(△)天気:雨
天気予報では晴れだったのに、夕方、突然の大雨で新しくおろしたばっかのカバンがびしょびょになった、最悪。
てかゲリラ豪雨と夕立の違いってなに?
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そうそう、先週ゲリラ豪雨に遭遇して散々だったんだ。
結局2つの違いについては調べていない。
ページを捲る。
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□月△日(●)天気:晴
お気に入りのパンプスのヒールが折れた。こんなドラマみたいな折れ方ってマジでするんだ。一周回って笑う。
代わりにセールで夏用の靴買うか、早めに秋靴買うか迷うところ。
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片方だけボキッと根元からいってしまったので、泣く泣く捨てたパンプス。
明日は授業終わるの早いから靴見に行こうかな。
またページを捲る。
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△月●日(■)天気:晴
✕✕のSNSに私の悪口が書かれてた。コメ付けてやったら私のことじゃないって言ってきたけど、どう見ても私のことじゃん。ムカつく。私も✕✕のことってわかるように呟いてやったし。
あーあ、明日のゼミで✕✕に会うのだる。
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そうだ、なんで忘れてたんだろ。だから今日ゼミの教室へ向かう道のりもなんか憂鬱だったんだった。
でもアイツなんかのせいでモヤモヤするのもムカつくし。
腹いせにチョコ菓子を口に投げ込んで思いっきり噛み砕く。
「……おいしくない」
次のページに、早々と今日のことでも書こうかと右のページに目をやると、そこにはすでに文字が並んでいた。
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■月▲日(●)天気:曇
授業は休講になって時間無駄にしたし、買った新作のお菓子はおいしくないし、良いことなんもない。
最近悪いことばっかでやだなー。
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今日の日付。
あれ?なんでもう書いてあるんだ?
私いつの間に書いた?でもこの日記帳はさっきまで机の中にあって。
でもこれは間違いなく私の筆跡で。
「…え」
改めて自分の字をじっくり見ていると、裏側からうっすら文字が透けていることに気付く。
次のページ、ということは、明日の日記、ということ。
なぜ未来のはずの、明日のことが書かれている?
一体何が書かれているのか。
私は、次のページを――――
「だーめ」
「ひっ!?」
捲ろうとした指ごと日記帳を押さえられ、心臓が跳ねる。
顔を上げると、いつの間にか見知った人物が立っていた。
「びっ…くりしたぁ!!椋くんいきなり何!?」
「何回か声かけたんだよお?」
同じ学部の、大学一かわいいと有名な“男の子”の椋くん。
心臓がバクバクしてるせいか、今日は一段と浮き世離れして見える。
「ってか、どーしたの?椋くんこのゼミ取ってないよね」
私の質問には答えず、椋くんは日記帳をパタンと閉じて、何かを閉じ込めるかのように押さえる。
「この先は、見ない方がいいと思うよお?」
「え?」
白魚の手と、その下にある日記帳の深紅がやけに目を引く。
「いやでもコレ私の日記帳だから、」
そんなの私の勝手じゃん、という言葉を遮った椋くんの一言で、私は凍りついた。
「でもキミ、日記なんて付けてないでしょ?」
【私の日記帳】
8/27/2024, 9:02:03 AM