(現パロ)
「海に行こうよ」
ただ隣の席になっただけの少年に、突然そんなことを言われた。 まだクラス替えをしたばかりでそもそも名前なんてよく分からなくて、面識なんて全くなくて去年同じクラスだった訳でもなくて、言うなればとにかく他人だった彼に何故誘われたのかなんて理由もわからなかったけれど、なんとなく気分が乗って『いいよ』なんて答えてしまった。
だから、今海にいる。まだ海のシーズンではなくて、海開きだってしてなくて。だからそもそも泳げなくて、海に来て何がしたいのかなんてよく分からないけれど、春の日差しを反射してる海はとても綺麗で、幻想的な風景だった。
特に会話はなかった。ボクも彼も言葉を交わさずに、海の方をずっと見つめていた。傍から見たら変だっただろう。無言で男女が二人っきりで海を眺めているなんて。
「…………なんで誘ったくれたの」
沈黙に耐えかねてしまって、ふとそんな言葉をつぶやけばやけに真面目そうな顔で、彼は答えた。
「見せるって約束したのに、見せられなかったから」
訳が分からなかった。面識はないのだ。誰かと勘違いされているのかもしれない。そう思って確認を取ろうと口を開こうとした時、彼が先に喋り始めてしまった。
「他にも見せられなかったもの、たくさんあった気がする。…………大丈夫、全部見せるよ。この世界なら見せられるから」
「ボクのことじゃないんじゃないかな、その相手」
恐る恐るそう呟いた時、海を見ていた彼はこちらの方に向き直って、急に肩を掴んできた。
「忘れてしまったのかい、僕のこと。…………違うか、そもそも前世の記憶が引き継がれていないんだね」
「…………前世?」
訳が分からない。前世って何だ。そもそも、人間には、前世というものがあるかどうかもわからない。それをさもあるかのように言っている。…………もしかしたら、中二病なのかもしれない。
危険人物かもしれない。そんなことを思って、少しずつ後ずさりをしようとしたら、腕をぎゅっと掴まれて、身動きが取れなくなってしまった。
「忘れたって構わないよ。またやり直せばいい。もう二度と思い出さなかったとしても、僕は前から君のことが好きだから。きみが僕のことを好きになったら、それはもう前と同じだろ?」
僕に対して恋をしているってわかる瞳っていうよりも、僕に対して依存しているとか執着しているとかそのように見える瞳でこちらを見つめながら、彼は淡々とそう言った。
8/23/2024, 3:32:30 PM