"ブランコ"
早朝の散歩の途中、通りかかった公園のブランコにふと目がいった。
早朝の誰もいない公園にそびえ立つブランコが、陽の光に照らされながら冷たくも柔らかな風に押されて小さく揺れている。
自然と人工物が合わさり作り出された美しさに引き寄せられるように、さく、さく、と雪を踏みしめながら公園に入り、ブランコに近付いていく。
「みゃん」
すると、ハナが急に鳴いてきた。驚いて身体が少し跳ねる。
「なんだ、気になんのか?」
「みゃあん」
やはり好奇心旺盛。初めて見たブランコに興味津々だ。
だが早朝の寒空の下、ハナをジャンパーから出すのは気が引ける。それに、猫の身体能力を持ってるとはいえ、地面は踏み固められた冷たい雪の上。落ちたら最悪骨折なんて事も有り得る。
──どうすれば……。
少し考え始めて約三十秒、《俺ごと乗る》という言葉が浮かんだ。
早朝なので勿論誰もいないから誰かに見られる事はない。そうだと分かっていても恥ずかしさが勝る。けど、ハナの好奇心はスッポン並にしつこい。このままブランコに背を向けて離れようものなら、暫くは『戻れ乗らせろ』と鳴き喚くのは目に見えている。けれど……。
などと逡巡している俺なんてお構い無しに、ハナはどんどん前のめりになって、ハナの身体を支えるのが大変になってきた。
「はぁ……」
観念して周りを気にしながら、おずおずとブランコに座る。ブランコに座って体重を預けると、小さくギシリと軋む音が鳴った。
──ブランコなんて、小学生以来だぞ。
「大人しく入ってろよ」
「みゃあん」
ハナの返事を聞いて、両手をハナから離してブランコの鎖を握る。少しだが、手袋越しに金属の冷たさが伝わってきた。
そしてジャンパーの中のハナに注意しながら、両足を動かして漕ぎだす。
ぎぃ、ぎぃ……。
十年以上のブランクがあっても漕ぎ方はしっかり身体に染み付いて覚えているものなのかと驚く。
──懐かしい。
子どもの時に好きで何度も感じていた、風を切るように空に投げ出される感覚。風の強さも、頬を撫でる風の冷たさも普通の強風と変わらないが、なぜだかとても心地良い。とても気持ちいい。
足を止めて、視線を落とす。
「満足したか?」
「みゃあん!」
ハナに聞くと、元気な鳴き声で答えた。顔もご満悦といった表情だ。スマホを取り出して時計を見る。
「じゃあそろそろ帰るぞ」
思った以上にブランコに時間を使ってしまった。早く帰らなくては。
「みゃん」
ハナの返事を聞き、両手を鎖から離してハナの身体をジャンパー越しに抱きしめる。ブランコから立ち上がって、公園を出て帰路に着いた。
2/1/2024, 2:11:42 PM