猫田こぎん

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#距離

 他者との距離感というものはとても難しい。 
 関係性や性別、状況などでも、どれくらい詰めて良いのか、はたまた離した方が良いのか、適宜正しく把握して実行できる人間なぞ、そうそういないだろう。
 そして、見えているものや感じていることは一人一人違うから、同じ距離感で接しても、この人からだと不愉快で、この人からだと好きになっちゃうなんてこともたくさんある。
 私が若く、働いていた頃の話だ。
 女性ばかりの職場で、年齢も近い人が数人と、年の離れた人が数人という、人間関係が固まりやすい環境だった(若いチームとおばさんチーム、みたいな)。
 そんな中、私と私の一つ年上のMさん、一つ年下のAさん、6つ年上のリーダーという組み合わせで仕事をすることになった。
 リーダーは恋多き女で、三人の下っ端はそれなりに上手に付き合っていたけれど、まあ、三人寄ればリーダーの悪口ばかり。仕事の愚痴とリーダーの悪口はセットだった。
 敵が一人いると仲良くなるもんで、三人で北海道旅行にも行ったし、うちに泊まりに来て夜通し酒を飲んだ日もあった。
 そんなに悪くない関係性だったと思う。
 でも、振り返ると、この2人のことが、私は嫌いだった(ような気がする)。
 ここまで歳を経ても煮え切らない言い方をしているけれど、思い出すと「ちょっと違うよなぁ」と思うことばかりなのだ。
 Mさんは私と真逆の人だった。私は阪神ファン、Mさんは巨人ファン、私は猫が好き、Mさんは犬が好き、そんな些細なことに始まって、もう全てが真逆だった。考え方から好き嫌いに至るまで。
 私がやらないようなことを平気でやり、私がなんでもないとホイホイやることを忌避した。
 刺激的だったけど、嫌いな物事が好きな人と長く付き合える訳もない。Mさんが会社を辞めて数年して関係は自然消滅した。
 そしてAさん。この子は悪い子ではなかったんだと思う。いい人だった。
 私を、前の職場の友達と引き合わせ、前職の友達とのライブ参戦や飲み会に連れて行ってもらった。化粧っけがない私にメイクを教えてくれたのも彼女だし、世話になったと行ってもいい。
 でも、前述したように、思い出すとモヤモヤすることがある。
 私を自分の友達の輪に入れた理由を、「私ね、中学生のころ、引っ越してきた人がクラスに馴染めなくて孤立しているのを見て可哀想になってさ。そういう人に声かけちゃうの」と。
 ええと。私が友達いないように見えたってことかしら。
 確かに友達が少ない。そうなんだけど、そうやってニコニコと私に近づいて距離を詰めて、すっかり「友達」ってなるのを、今の私はなんだか気持ち悪いなんて思ってしまう。
 昔からボッチ耐性が異常で、1人でも全然苦にならない性格をしている。まして仕事なんて、遊びにいくわけでもあるまいし、挨拶と適切な意見交換や申し送りができていれば仲良くする必要なんてないと思っていた。
 Aさんから言われたもう一つのモヤモヤ。
 ライブに行くのに、私はカエルのTシャツを着て行った。自分としてはかわいいと思って購入し、着たわけだが、Aさんの友達Tさん(前職の友達だね)に「ええ!なんでそんなTシャツ買ったの?」と言われ、横にいたAさんに「かわいいじゃん」と助け舟を出してもらった。それでその場は終わって、私は「変だったかな?」とちらりと思うに止まった。
 しかし、後日、「あのTシャツは酷かったよ。Tさんと爆笑したんだから」と言われた。
 ええ、あの場では笑ってなかったから、私がいないところでTさんと爆笑してたのか。つか、言わなきゃわからんのになんでわざわざ言うんか。ああいったTシャツを今後買わないようにと優しさで言うてんのか。それにしてもやぞ。
 Aさんが妊娠(結婚前に発覚)したのを機に先に仕事を辞めて、それ以降も年賀状のやりとりだけはしている。
 「今度会おうね」という定型文を毎年書きながら、一回も会っていない。
 やっぱり、彼女のことは嫌いなのかな、私は。
 Aさんのように明るく、距離の詰め方がふわっとぐいっと来るタイプで、どこか「私が声をかけてあげたんでしょ」みたいな人は正直苦手だ。
 彼女が辞めて18年。今年はAさんに年賀状を送るのを止めようと思っている。

 

2023/12/02 猫田こぎん
 
 

12/2/2023, 3:41:28 AM