NoName

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ある日ふと、中学校の友達を思い出した。
顔ではなく、いつも私の前を歩いていた彼女の後ろ姿だ。ショートボブに、白い制服がよく似合っていた。

春に引っ越してきたと思ったら、7月に入ると同時に、何も言わずに引っ越してしまったのだ。
先生は「お家の都合で」としか言わなかったけど、本当にそうなのかはよく分からないままだ。
『心中を図った』
『夜逃げした』
『裏の組織に消された』
露骨な噂はたくさん立ったけど、時間がたつと霧のように消えていった。みんな、友達を忘れたみたいに。
…あれ?
友達の名前…なんだっけ?
いくら考えても思い出せない。
好きな食べ物も、テレビ番組も、家族のことも、全て覚えているのに。その顔と名前だけが、穴でも開いてしまったかのように空っぽだった。
ふと電話帳を開く。ペラペラとページをめくると、いくつかの番号に赤線が引いてあった。
私はその中のひとつに電話をかける。
『おかけになった電話番号は…』
無機質なアナウンスが繰り返されるのみだった。
適当に選んだ番号なのだから当たり前だった。それに当たったとしても、彼女は引っ越したのだから。

私はそれから、毎日電話をかけた。
赤線は無数にあったけれど、ひとつひとつにかけた。
もしかしたら、昔の私が友達の電話番号を聞いていたかもしれない。それでこうやって、書き込んだかもしれない。そんな期待を抱きながら。
経過は、例のアナウンスが大半で、無言電話とたまに誰かが出る事が半分半分。こんなものだろう。
かけている途中で考えた。
もし友達にかかったとして、どうしたいのだろう。
私は何がしたいのだろう。
悪口を庇えなかった事を謝りたい?
中学時代の思い出を語りたい?
なぜ何も言わずに消えたのか、問い詰めたい?
そんな大層なことじゃない気がする。

私はただ、3ヶ月弱だけ友達だった、彼女の名前が聞きたかった。

7/6/2024, 12:37:10 PM