『通り雨』
聖域から帰ってきたら、弟子が一人減っていた。
ただひたすら泣き続けるもう一人の弟子――氷河から何とか話を聞き出すと、海底に眠る母に会いに行く途中に激しい潮流に流された、そこで気を失ったが微かにアイザックの声が聞こえたので、自分を助ける代わりに流されてしまったのかもしれない、という事だった。事実、アイザックは姿を見せず、私は数日間海底を含め捜索したが彼を見付け出すことはできなかった。
氷河は、自分のせいだと自らを責めていた。それは事実そうだろう。私やアイザックから諫められても彼は母親に会おうとすることを止めなかった。彼の甘い考えが、アイザックの命を奪ったかもしれないのだから。
だが、私は氷河を責めることをしなかった。彼を責めてアイザックが帰ってくる訳では無いし、常日頃からクールであれと教えている私自身が感情に任せて彼を咎めることはできない。何より、今の彼にそのようなことを言えば、彼はきっと自ら命を断つか、そうでなくてもこの地から去ってしまうだろう。弟子を二人とも失うわけにはいかなかった。
私はなおも一週間、アイザックを探し続けたが彼を見付け出すことはできず、ひょっこりと戻ってくるようなこともなかった。ここに至り、私は彼が死んだという事実を認めざるを得なかった。
私は氷原に立つ。目の前には氷河が開け、そしてアイザックがそこから飛び込んだとされる大きな穴があった。その穴をじっと見つめていると、突如雨が降り始めた。それは徐々に強くなり私の体を打つ。先程まで晴れていたので、恐らくただの通り雨、すぐにやむだろう。
私は手を広げる。周囲の空気が冷え、天から降る雨は雪に変わった。これは鎮魂の雪だ。彼が死の間際、どのような想いを抱いていたかは分からないが、せめて魂は安らかに眠って欲しいと思った。
私は踵を返し歩き出す。頬に一筋の涙が流れるが、私は振り返りはしなかった。
9/28/2023, 12:02:24 AM