春一番が吹いた。
翌日の陽気の中のそよ風を受けて、走り出したくて堪らなくなった。それで、中学の部活は陸上部にした。
梅雨の風は、風というより大気のうねりのようだった。
湿風が毎日吹いて雨を連れてくるから、6月は大抵、筋トレをした。
夏休みは台風も吹き荒れた。
合宿は、見事に台風の過ぎた直後だった。軽井沢まで来てひたすら走るばっかりだったから、青すぎる空を憎く思った。
秋風は例年通り強かった。
大会の日、クラウチングスタートを決めた私を、追い風がびうっと駆けて、抜かしていった。
木枯らしが吹く頃、種目が変わった。
短距離から長距離に転向したのだ。気が変わった、から。そう言ったけど泣いた私を皆が慰めてくれた。
北風は身体に堪えた。
晴れると風が強くなる季節だった。持久走をしている中で、びょおお、と冷たい風が吹くと、全身細い針で刺されているような心持ちになった。
……そうしてまた、春風を感じるようになって。
気付けば陸上は大学を卒業するまで、続けていた。
最後の大会で、陸上から離れてしまったら、時にこの身を任せて、時に真っ向から抗った、いつでも全身で受けたあの風たちを忘れてしまうのかと思った。思ったら、寂しくなった。
けれどもそれは杞憂だったようで。いつでも風が吹けば、思い出す。そうして無性に、走り出したくなるのだ。
【風と】
5/1/2025, 7:00:01 PM